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Vol.13「過去原稿再録:『en-taxi』No.5(SPRING 2004) より」

 高校のOBに夢野久作がいた。彼の誕生日は自分と同じだった。そのことを私は入学オリエンテーションの卒業生紹介で知った。教師が自慢気に語る芥川賞の宇能鴻一郎や直木賞の梅崎春夫よりも誇らしく思えたのは、中学時代に『ドグラ・マグラ』を手にしていたからだ。

 数日後、教科書に欠損が見つかり、新品と交換するため新天町の金文堂本店に行った。教科書コーナーは二階だったか三階だったか。この本屋では上階に行くほど照明が暗くなるような気がする。参考書コーナーを通りかかるとサッカー部の三年生が二人して赤本を読んでいるのが目に入った。強面ぶって新入生に威張り散らしている連中が、陰ではコソコソ赤本チェックか。コソ勉野郎め。

 「先輩!お勉強ですか」と声をかけてニヤリと笑ってやった。二人は狼狽した。ひとりなど赤本を手から落とし、「何でお前はここにいる!」と私に逆詰問する始末。がしかし、もうひとりは後輩にコソ勉の現場を発見されて観念したのか、相方にツッコミを入れた。「そりゃ本買うためやろ。本屋にうどん食いにくるヤツはおらん」そのユルい口調が忘れられない。

 一階に下りて夢野久作コーナーを見つけ、『ドグラ・マグラ』の隣に置かれていた『狂人は笑う』を買った。今でもうどん屋から漂う出汁の香りに金文堂の暗がりと米倉斉加年の表紙画を思い出すのは、そういった理由に拠る。

*今週は松尾潔多忙につき、書き下ろしコラムはお休みし、過去の原稿を再録いたしました。
 en-taxi編集部より「想い出の本屋」というテーマで執筆を依頼され、寄稿したものです。
 時は1983年春。福岡金文堂本店。

 

 角川文庫版『ドグラ・マグラ(上)』

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