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Vol.40「襞の悦び」

 陽射しの強い季節にスタジオにこもって作った曲たちが次々と世に出ていきます。実りの秋、と言わせてください。この1週間というもの、その楽曲たちに反応してくださった本HP読者のみなさんから実に多くのお便りをいただきました。ありがとうございます。嬉しいもんですねぇ。 

 元来、私のような裏方はライブパフォーマンスするミュージシャンと違いダイレクトな反応を得にくいものです。だから普段はやむを得ず数字を見ます。セールスとかオンエア回数とか。CD出荷数、消化率、バックオーダー、地域分布、ダウンロード数、試聴回数…。ミュージシャンがアーティスト活動を長らえるために必要不可欠な、でも自分ではやりたがらない作業をやるのが私の仕事です。大勝ちはしなくてもいい。でも負けちゃいけない。負けなければミュージシャンはもう一度プロとして音を鳴らすことができる。 

 ええ、数字に一喜一憂もしますよ、不本意ではあるけれど。お客さんが来なきゃお店は潰れる、それが資本主義ですから。でも残念なことに数字は深みや感触までは解析できません。どんなに細分化した調査項目でもタッチできないココロの襞がある。確実にある。少年時代に体感した「襞」レベルの快楽、その謎を知りたくて私は音楽制作を生業にしたのかもしれません。 

 話はまったく変わりますが。
 何を食べても美味しく感じられる季節ですねえ、秋。鮨のネタの変化に冬の入り口の気配を感じます。あれも食べたい、これも食べたい。といいながら、今シーズン、上海蟹もまだ口にしていないなあ。そろそろジビエどきでもあるな。こんなことばかり考えているので、この時期は仕事中に集中力を途切らせないように自分を鼓舞するのが、もうたいへんな苦労で。ほんと、口が卑しくてすみません。 

 食べれば太る。当然の話。でも、太りたくはない。切実なハナシ。かといって、食べる快楽は止められない。カラダの襞、が悦ぶから。というわけで、ジムに通っては重いものを上げ下げしている今日この頃であります。ま、そのあとの一杯がまた美味くて困っちゃうんですが。

 それでは、また来週。

 


安藤裕子「さみしがり屋の言葉達」(2005)
この秋最高の1曲。声・詞・曲・音が絶妙なバランス。
それはもう惑星直列のようで。

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