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Vol.44「うたう女優」

 ちょいと更新が遅れました。ま、いつものペースに戻ったってことです。

 さて、Kくんのデビュー・アルバム『Beyond the Sea』リリースにあたって沢山のお声をいただいています。すべてに目を通しました。ファンのみなさんには実にいろんな「想い」があるんだなあ、と痛感。ほんと、ありがとうございます。セールスのほうもオリコン週間チャート第2位とか。精魂込めて作ったものはどれも愛着があるものですが、よい数字はたいへんな励みになります。ありがとうございます。

 先週19日は仲間由紀恵with ダウンローズのデビュー記者会見に顔を出しました。聡明な読者の方がたはとっくにお見通しだったようですが、私がプロデュースしている人気女優さんというのは仲間さんのことだったんですよ。やっとこのページでもお話しできます。曲は「恋のダウンロード」。もちろん例のCMからはじまったオハナシです。作曲が筒美京平、編曲がMaestro-Tの各氏。で、プロデュースと作詞が私。そう、このラインナップは稲垣潤一さん(『BRIO』3月号の表紙、男前です)の「Unchained Melody」と全くおんなじ。曲調はまったく違うようでいて、その実フレイバーはよく似ている、かな。

 会見は記者席からひっそりと見守り、その後控え室に移動して仲間さんとお話を。お会いするのは年末のレコーディング以来でしたが、ほんと、彼女はいま最高に輝いてますねえ。女優さんだから唄える歌ってあるなあ、とつくづく思います。ま、私の世代だと原体験は言うまでもなく松坂慶子さんの「愛の水中花」です。

 最後に、今週25日にひっそりリリースされたプロデュース作品をご紹介させてください。18歳の女子高生・白鳥吏南のミニ・アルバム『伊勢佐木町ブルース』です。私が昨年からずっと関わっている女の子のジャズ・プロジェクト、原宿BJガールズの番外編。最低音ボイスの主であるリナ嬢の声で徹底的に遊んじゃいました。好事家のみなさんには既に珍品との評をいただいてるようで。ま、選曲で一目瞭然ですけど。この子は将来大化けするかもしれませんので、このインディーズのCDは在庫のあるうちに…。まずはサイトでご試聴を!

 それでは、また来週。

 


白鳥吏南『伊勢佐木町ブルース』(2006)
某レコード店では「松尾潔がモンド歌謡!」とのPOPが…

Vol.43「お詫び、そして2枚のアルバム」

 新年早々サーバーの不都合でホームページの閲覧やコンタクトメールの送信に不都合が生じ、たいへんご迷惑をおかけいたしましたが、ようやく復旧いたしました。そのことをお知らせするとともにお詫び申し上げます。 
 今年もどうかよろしくお付き合いください。 

 さて、今年最初のコラムです。ちょっと間が空いたのでお話したいことも多く、何から書こうか迷いましたが、まずは私のプロデュース作品としては今年初めてのリリースとなるアルバムについてお話しましょうか。

 本日1月18日にくんのデビュー・アルバム『Beyond the Sea』がリリースされます。プロデューサーとしての作品解説は彼のホームページの特設サイトで読むことができますから、お時間のある時にどうぞ。

 本日はもう1枚、私が関わったアーティストのアルバムが出ます。嶋野百恵さんのベスト・アルバム『abstract career』。彼女の98年のデビュー曲「baby baby, Service」から99年のファースト・アルバム『531』まで、私は全楽曲の共同プロデューサーを務めました。今回のベスト盤には私が関わった時代の曲が3曲収録されています。

 ひと口に「自分が関わった歌手のベスト・アルバム」といっても、今回のそれは昨年出た平井堅さんの『歌バカ』がもつグローリー的意味とはかなり色合いの異なるものです。がしかし、世に出たことに何より意味があります。

 話は変わりますが、明日19日にはこのコラムで何度かお伝えしてきた某人気女優の音楽プロジェクト始動について記者会見が開かれます。おそらく20日あたりには各メディアで報じられるんじゃないかな。そちらもどうかご注目を。

 それでは、また来週。

 

 

Vol.42「年の終わりに」

 今年最後のコラムです。
 昨日、川口大輔さんから「正月はどこで過ごしますか?」というメールをもらいました。思いかえせば今年の正月は彼とブラックプール~ロンドンに男二人旅を敢行したのでした。まあその時の土産話は当コラムの第2回および第3回をご参照いただくとして。もう随分と昔の出来事のような気がしちゃいます。

 というのも、2005年はとにかく沢山の音楽のお仕事をしたのです。特に8月と9月。この夏のふた月で、23曲プロデュースしました。こんなにストイックに音楽に向き合ったのは仕事を始めた80年代終盤以来のことじゃないかな。その当時は音楽についての文章を書いたりFMの音楽番組を作ったりしていました。今は主として音楽そのものを作っている。でも得られる興奮の本質はあまり変わらないような気がします。

 ストイック、という表現を使ったのにはわけがあります。というのも、今年は稲垣潤一さんのアルバム制作を通じて筒美京平さんの楽曲と向かい合うことが多く、楽譜を第一義とする彼の作曲行為に対峙すべく例年になく頻繁に譜面に接していたのです。私の制作スタイルは普段さほど譜面を必要としていないのですけれど。

 正直に告白すると譜面の読み書きは好きではありません。幼少時にオルガンやピアノの練習を半ば強制的に続けていたトラウマです(同じ理由で水泳も将棋も心からは好きになれません…ま、これは余談)。でも、そんな無精者の私でさえ「筒美京平の直筆譜面を読む」という栄に浴する意味はよくわかります。で、今年の夏はいつになく学徒のごときストイックな態度で机に向かった次第。脳が汗を流すような感覚がありました。この経験を汎用してみたのが、私にとって数年ぶりの作曲となったくんの「Only Human」でした。

 さて。
 今年もたくさんの素敵な出会いがありました。世を去った人、消えたものに涙を流すことも増えたような気がします。人生の残時間を考える機会も増えたような。そんな私の心の振動をこのコラムの行間に読みとる方がたもいて、その声にまた励まされることも少なくありませんでした。感謝します。ありがとうございました。

 意味のない1年はない。意味のない1秒もない。そう思います。

 それでは、よいお年を。

Vol.41「このひと月のあいだに」

 1ヶ月のご無沙汰でした。ほんと、ごめんなさい。
 根気強くアクセスを重ねてくれた方々に感謝します。現在は2005年最後のヤマ場と言ってもいい、某人気女優さんの音楽プロジェクトがようやくひと段落着いたところです。詳細については近日中にまたお伝えしますね。

 では、このひと月のあいだに見たり聞いたりしたものをいくつか、端的に。 

ケイコ・リーさん10周年記念パーティー。
ココロのアネキ。面識もないままCHEMISTRYのアルバムに参加を要請して以来の仲。たまに呑む時も楽しいですが、スポットライト浴びて歌ってる時の彼女はやはり最高にカッコイイですな。約束通り、日本語アルバム作る時はひと声かけてくれますよね?

松田美緒さんデビューコンサート。
ここ数年、時間を見つけてはファドを聴いています。特に詳しいわけではないですが。知人を介して知った松田美緒さんは、私が初めて触れた日本人のファド歌い女(うたいめ)。終演後にはご本人と会って話すことができました。期待通りの大らかな歌いっぷり、想像以上に機知に富んだ語り口。ずっとお付き合いしたい才能の主です。 

ビービー・グラーツ氏
以前お話ししたロンドンの「The Fat Duck」シェフ、ヘストン・ブルーメンタールもそうですが、自分と同い年もしくは同世代の食の担い手に興味があります。来日したスーパートスカーナの作り手・ビービー・グラーツ(Bibi Graetz)を囲んでの「テスタマッタ(Testamatta)2003」試飲会に顔を出してみることに。簡単な会話を交わしただけですが、それでも十分な刺激を受けました。ま、何より美味しかったですし。

長見順さんライブ。
別名・マダムギター。噂にたがわぬ迫力。予想以上にギターも歌も達者で驚く(失礼!)
メロウな曲調のナンバーで不覚にもウットリ。が、すぐに轟音ギターで目が覚める私。

オレンジレンジライブ。
お誘いを受けて初めて観た彼らのライブ。小学生がラップ大合唱する姿に感服。バンドは実にまっとうな景色を見ようとしているのですね。ベースのYOHくんは特にいい。ギターのNAOTOくんの音も悪くない。最も驚いたのはYAMATOくんのロックスター然としたクールな佇まい。テレビじゃわかりませんでした。

 それでは、よいクリスマスを。

 


松田美緒「Atlantica」(2005)
若い頃の岩崎宏美さんを思わせる佇まい。
歌い女として正しい道を歩む何よりの証左、かも。

Vol.40「襞の悦び」

 陽射しの強い季節にスタジオにこもって作った曲たちが次々と世に出ていきます。実りの秋、と言わせてください。この1週間というもの、その楽曲たちに反応してくださった本HP読者のみなさんから実に多くのお便りをいただきました。ありがとうございます。嬉しいもんですねぇ。 

 元来、私のような裏方はライブパフォーマンスするミュージシャンと違いダイレクトな反応を得にくいものです。だから普段はやむを得ず数字を見ます。セールスとかオンエア回数とか。CD出荷数、消化率、バックオーダー、地域分布、ダウンロード数、試聴回数…。ミュージシャンがアーティスト活動を長らえるために必要不可欠な、でも自分ではやりたがらない作業をやるのが私の仕事です。大勝ちはしなくてもいい。でも負けちゃいけない。負けなければミュージシャンはもう一度プロとして音を鳴らすことができる。 

 ええ、数字に一喜一憂もしますよ、不本意ではあるけれど。お客さんが来なきゃお店は潰れる、それが資本主義ですから。でも残念なことに数字は深みや感触までは解析できません。どんなに細分化した調査項目でもタッチできないココロの襞がある。確実にある。少年時代に体感した「襞」レベルの快楽、その謎を知りたくて私は音楽制作を生業にしたのかもしれません。 

 話はまったく変わりますが。
 何を食べても美味しく感じられる季節ですねえ、秋。鮨のネタの変化に冬の入り口の気配を感じます。あれも食べたい、これも食べたい。といいながら、今シーズン、上海蟹もまだ口にしていないなあ。そろそろジビエどきでもあるな。こんなことばかり考えているので、この時期は仕事中に集中力を途切らせないように自分を鼓舞するのが、もうたいへんな苦労で。ほんと、口が卑しくてすみません。 

 食べれば太る。当然の話。でも、太りたくはない。切実なハナシ。かといって、食べる快楽は止められない。カラダの襞、が悦ぶから。というわけで、ジムに通っては重いものを上げ下げしている今日この頃であります。ま、そのあとの一杯がまた美味くて困っちゃうんですが。

 それでは、また来週。

 


安藤裕子「さみしがり屋の言葉達」(2005)
この秋最高の1曲。声・詞・曲・音が絶妙なバランス。
それはもう惑星直列のようで。

Vol.39「まばたきをするうちに」

 私がまばたきをするうちに秋は過ぎたのかな。
 そもそも、「夏と冬のあいだ」こそが秋の定義、と言った人もいたような。

 夏に深く関わっていた稲垣潤一さんのアルバム『Unchained Melody』がいよいよ11月23日(水)にリリースされることになり、このところそのプロモーションのため稲垣さんとご一緒する機会が多いです。テレビ番組のため対談を収録したり、新聞や雑誌の取材を受けたり。まあこれらの情報の詳細はWHAT’S NEWで。

 で、Kくんのシングル「Only Human」も同じ11月23日(水)リリースなんですよ。今回は珍しく作曲も担当したので、この夏は実に久しぶりに鍵盤に向かっていたのでありました。当コラムをしばらくサボっていたのはそんな理由からです。今頃になって遅すぎる言い訳ですみません。ちなみにこの曲が主題歌になっているドラマ『1リットルの涙』もいよいよ佳境ですね。私も毎回涙しちゃってますが。

 わが青春の街・阿佐ヶ谷のお洒落なミニシアター『ラピュタ阿佐ヶ谷』で今年いっぱい『ミステリ劇場へ、ようこそ。』なる日本映画の上映シリーズが開催されています。私は今週『姿なき目撃者』を観てまいりました。昭和30年のモノクロ作品。越路吹雪さんの女優ぶりを観たくて足を運んだのですが、観終える頃には久慈あさみさんのお色気にノックアウトされていた次第。長年の知人と観に行きましたので、鑑賞後はホルモン焼きをつまみながら気のおけない映画論議、昭和論議を。話はずんで、トピックは三島由紀夫の自決、関川夏央さんの著作にまでおよび。その後、場所を某ソウルバーへと移し、GeminiやRobert Brookins等の80′sファンクを堪能。最近の阿佐ヶ谷は駅周辺の飲食店に活気が戻っているように思います。

 先日、久保田利伸Skoop On Somebody、川本ゴン太、松原憲、宇多丸(ライムスター)、RYOJI(ケツメイシ)…といったR&B/ヒップホップ畑のみなさんと呑みました。みんな古い知り合いばかりだったせいか、それはそれはユルい時間で。
 肌寒い季節になって私もちょっと人恋しくなっているような気もします。
 秋は過ぎたのかな。

 それでは、また来週。

 


Robert Brookins 『Let It Be Me』(1988)
コテコテの「ブラコン座り」なポーズに感服。
EW&F公演の鍵盤奏者として日本にもよく来てますな。

Vol.38「博多、1983年」

 今週は10数年ぶりの公開放送にチャレンジしました。しかも2日間も。渋谷HMVにお集まりいただいた方がた、ありがとうございました。しかし『GROOVE LINE』という番組は面白いものですね。3時間半の放送時間中、ギャラリーも増えたり減ったりで。「恋のマイアヒ」をかけた途端に人がたくさん寄って来たりして。ああこんな感じなのねといい勉強になりましたよ。音楽制作のヒントを得たような気も。どうかな。

 本田美奈子.さんがお亡くなりになりました。一面識もありませんでしたが「同学年」ゆえにその存在は何となく意識していました。20年前にも「同学年」の歌姫が亡くなったことを思い出しました。岡田有希子さんです。ただ今回のショックは岡田さんの時とは異質のものでした。死の重みに差はないはずです。受けとめる私がただ変わったということなのでしょう。心よりご冥福をお祈りします。やはり「同学年」の清原和博選手の去就が急に気になってきました。

 先週末に博多に帰省し、ソニー・ロリンズの引退コンサートを観ました。ドラムにキース・リチャーズや奥田民生さんとの共同作業で知られる名手スティーブ・ジョーダン(映画『ライトニング・イン・ア・ボトル』の音楽監督でもある)を配し、ギターには私の高校時代のアイドル、ボビー・ブルーム。その一方でベースはロリンズ・バンドの長年の番頭格ボブ・クランショーが務め、万全の演奏でした。

 ロリンズの日本公演は22回目だそうです。今回の来日にあたっては、私の周囲のジャズ・ファンは「今回は自分の知るかぎり3回目の『引退』公演」などと口さがないことを言っていたものです。しかし、70代半ばという年齢、そしてマネージャーだった愛妻を昨年亡くしたという事情を知れば「引退」の重みも特別です。夏にチケット発売がスタートされるとすぐに私は2座席分買ったのでした。

 私がジャズのライブを初めて観たのは1983年7月のことです。高校1年生でした。当時日本最大のジャズ・フュージョンの祭典「ライブ・アンダー・ザ・スカイ」。全国数ヶ所で催されたこのフェスティバル、83年の福岡会場は福岡国際センターでした。出演はソニー・ロリンズ、チック・コリアパット・メセニー。今考えてもちょっと眩暈がしそうなラインナップだなあ。会場でもらったステッカーを何に貼るのかずいぶん迷ったものです。

 今でもそうでしょうが、その種のジャズフェスで15、6歳の少年はほとんど見かけないものです。その夜の会場にいた数少ない高校1年生のひとりが私であり、もうひとりが現在アレンジャーとして活躍される安部潤さんでした。彼とはそれから20年近くたってCHEMISTRYのバラード「TWO」で初めて一緒に仕事することになります。

 実を言うとそれまで私はジャズに格別強い興味があったわけではありません。まあ自宅にある父親のレコードをたまに聴いていた程度で。「ライブ・アンダー・ザ・スカイ」にも父親に連れて行ってもらったのでした。パット・メセニーのバックで淡々とベースを弾くアルフォンソ・ジョンソンに衝撃を受けたからこそ自分もベースを始めたわけですし、その後音楽と深く関わっていくきっかけとなった決定的な一夜でした。

 国際センターの帰り道、タクシーに乗った父は私に「中洲に行くぞ」と無愛想に言いました。ご存じの方も多いでしょうが、中洲は九州最大の歓楽街です。彼の意味することは何となくわかりました。それから10分もしないうちに私は艶やかな着物やセクシーなワンピースに身をつつんだ大人の女性たちに囲まれていました。「息子さんも水割りでいいと?」「うすーくしといてつかあさい(薄めにしてください)」女性と父親のこんな会話を私はただただ緊張して聞いていました。

 それまでにも悪友たちと焼き鳥屋などで安酒を流し込むことはありましたが、琥珀色の酒を女性にサーブしてもらうのは初めての体験でした。トイレから戻ると差し出されるおしぼり、「センセイ」と呼ばれる店の専属ピアニストの存在…どれもが新鮮でした。正直に言うと、ソニー・ロリンズたちの演奏をしばし忘れさせるほどの時間でした。以来、私がジャズと聞いていつも酒と女性を思い浮かべてしまうのはこの夜のせいです。

 22年ぶりに父親と観たソニー・ロリンズは、よろけた歩き方に不安を感じさせるものの、ステージング自体は驚くほどパワフルでした。1曲演奏が終わるたびにガッツポーズを作り、博多人特有のしつこいアンコールにもしっかり応えてくれました。この「引退」は余力を残したものでした。ロリンズはそういう選択をしたということでしょう。ジャズ・ファンなら知っている「橋」の伝説を例に挙げるまでもなく、彼の人生との対峙の仕方はまさにソニー・ロリンズ流としか表現できないものです。

 会場で入手したパンフレットにはタモリさんがコメントを寄せていました。彼の早大ジャズ研時代の同級が70年代にロリンズ・グループに加入したギタリスト増尾好秋さんだったのですね。その縁でタモリさんは70年代にロリンズのリハーサルを観たことがあるそう。とにかく、ここでご紹介したいくらいの名文でした。

 アンコールも終わり、観客全員が立ち上がってオベイションを送ります。私も立ち上がろうとしたのですが、ふと隣席の父親の表情を見てやめました。ふだん怒哀楽がすぐ顔に出てしまう父親が、その時は目蓋を閉じたまま静かな笑顔を浮かべていたからです。ゆっくりとリズムをとりながら。そこだけ無音のようでした。彼は何を考えていたのでしょうか。

 会場を後にして、私は父親を鮨に誘いました。彼は私にというよりも店の主人に向かって饒舌を披露しました。序盤こそジャズ論でしたが、酒が入るにつれそれは脈絡のないものになってきました。私はもっぱら聞き役に回っていたのですが。

 その時、父親がソニー・ロリンズと同世代であることに初めて気づきました。今までどうして意識しなかったのでしょう。不思議。でも、そんなものかな。

 それでは、また来週。

 


Sonny Rollins『Saxophone Colossus』 (1956) 
まず1枚と聞かれたらコレです。 
「巨人」のニックネームはここから。

 


Bobby Broom 『Livin’ for the Beat』(1984)
収録曲「Find Yourself」は長年のお気に入り。

Vol.37「李下の冠」

 今回のコラムもまたラジオ出演情報から。来週11月8日(火)9日(水)の2日間は、J-WAVE『GROOVE LINE』(16:30~20:00)に出演いたします。首都圏の方にはつとに有名なピストン西沢さんと秀島史香さんの名コンビによる超人気プログラムですが、この2日間は例年ピストンさんが「日本カー・オブ・ザ・イヤー」の選考委員のお仕事で番組をどうしてもお休みしなければならないそうで。私の長年の知り合いであり、『GROOVE LINE』番組プロデューサーでもある(!)ピストンさんからの個人的なご依頼だったのでお受けした次第。ま、秀島さんの熱いファンですからね、私は。

 先日、打ち合わせのために『GROOVE LINE』放送スタジオのある渋谷HMVを訪ね、久しぶりにピストンさんと秀島さんにお会いしてきました。その時お二人と話していて思い出したのが、2000年の暮れに番組にお邪魔した時のこと。当時私がプロデューサーとして出演していたテレビ東京の『ASAYAN』の番組内企画『男子ヴォーカリスト・オーディション』で、最終選考に残った3組4名の期間限定ユニット「ASAYAN超男子」が唯一プロモーション出演させていただいたラジオ番組がこの『GROOVE LINE』なのでした。その頃の私は彼らに付きっきりで面倒を見ていましたから、その出演の際も番組立会いに行ったものです。今ではどれくらいの方がこのユニットを記憶されているのでしょうか。そのうちの1組、川畑・堂珍ペアが現在のCHEMISTRYであります。

 さて、話変わって近況など。先週から今週にかけては久々にminkとスタジオに入りました。前回は私の希望でイーグルスの「言いだせなくて」をカバーしましたが、今回は先方からの希望で某有名ゴスペル曲を取りあげましたよ。minkとはたいへん気が合うので、スタジオではおしゃべりでたいへん盛り上がりました。また、料理が得意の彼女はスタッフに手作りのお弁当をふるまってくれたのですが、これがもう美味しくて。忘れられないレコーディングになりました。アレンジャーのURUさん、エンジニアの工藤雅史さん(ちなみにこのお二人とは平井堅さんのアルバム『THE CHANGING SAME』以来のお付き合い)もいつにも増して笑顔で作業を終了。この曲は来月にはリリースされるのでまた近々お知らせいたします。

 最後に近頃よく聴いている新譜を2枚ご紹介。まず1枚は来日公演が中止になったばかりのフェイス・エヴァンスの『A Faithful Christmas』。意外なことに彼女にとって初めてのクリスマス・アルバムなんですね。カバー主体ですが、嬉しいことに2曲あるオリジナルの出来がわりといいのですよ。あと1枚はフランス発の男性R&Bシンガー、ナイアの『Nyr』。フランス発といっても全編英語なのでご安心を。70年代テイストが横溢した作品です。クリストファー・ウィリアムズの悶絶美メロ「Dance 4 Me」をカバーするセンスは私も他人事とは思えません。オリジナル曲でも、元ネタが容易に、かつ具体的に浮かぶのもご愛嬌。アルバム終盤でスティービー似のイントロが流れてきたので「これじゃ、まんま”Lately”では!」と思ったら、ホントに「Lately」のカバーでした。李下に冠を正さず、とはいえ、疑ってゴメンナサイ。

 それでは、また来週。

 

 

Vol.36「サンタモニカ、1996年」

 突然ですが、ラジオ出演情報です。明日(10月27日)J-WAVE『BOOM TOWN』(09:00~11:30)にちらっとコメント出演します。10時50分前後のコーナーだそうです。残念ながら首都圏にお住まいの方しかお聴きになることができませんけど。お題は例のルーサー・バンドロス・トリビュート盤『So Amazing』。収録はすでに先日済ませておりまして、お気に入りの曲ベスト3なんて挙げてきました。お時間に余裕のある方はどうかお聴きくださいな。お聞き逃しの方は、先週もお知らせした山下達郎さんとの30日のNHK-FM『サウンド・ミュージアム』(19:20~22:00)を是非。こちらではルーサーのソロ曲のみならず、ボーカル・グループLUTHER時代の曲もオンエアします。

 10月19日に「グローリアス・ソウル・ジェムズ・シリーズ」と銘打ったソウル名盤シリーズが一挙11タイトル発売されました。アルバムによってはボーナス・トラックを多数収録し、紙ジャケ、各1890円という嬉しいリイシューです。先日、このシリーズの企画者で私とは旧知の栗原憲雄さん(ソニー・ミュージック・ダイレクト)からご連絡がありました。今回の目玉のひとつテルマ・ジョーンズと私がLAで会った話などをしているうちに、自分でも忘れかけていた記憶が少しずつ甦ってきました。ソニー屈指の洋楽マニアとして知られる栗原さんがたいへんな聞き上手でいらっしゃるせいでしょうか。

 1996年。その頃私が定宿にしていたサンタモニカの某ホテルのラウンジでテルマは専属シンガーとしての職を得ていました。私は28歳でした。が、おそらく彼女の目には成人したての若者と映っていたはずです。テルマは1942年生まれですから、その時すでに50代でした。合衆国内の地方からの客が多勢を占めるそのホテルのラウンジに、悲しいかな、昔年の彼女の名声を知るらしき者はひとりとて見当たりませんでした。ラウンジ・シンガーは聴き手を選べません。客は歌を目当てにそこに座っているのではないのですから。

 テルマはスタンダード・ナンバーや当時のTOP40ヒットを、類型的なラウンジ・ピアニストの伴奏で、類型的なラウンジ風解釈で歌っていました。酔客よりむしろなじみの従業員たちに向かって歌っているようにも見えました。唯一のアジア青年が彼女の歌声を「主体的に」聴き込んでいるとは想像もしなかったでしょう。終演後に彼女に声をかけ、ひそかに持参したアルバム『Thelma Jones』を見せた時の呆然とした表情が忘れられません。それからしばらくの間、彼女と楽しく歓談したのがいい思い出です。

 そのホテルのプールで泳ぎ、ジムでワークアウトをこなす。インタビューに出向いては客室に戻って原稿を書き、フロントから日本に原稿を送る。バーでビールを呑んで日が暮れるのを待つ。友だちとパーティーに潜り込んではセレブリティを見つけて感心し、ホテルに戻ってバーで酒を呑む…それが当時の私の平均的な1日の過ごし方でした。

 音楽と関わって生きていくうえで、この気ままな生活スタイルこそが最高だと思っていましたが、今となってはずいぶん規則的な毎日だったことにあらためて驚きます。アトランタ五輪の開会式もそのバーのテレビで観ました。長年誘われていたプロデュース業に本腰を入れ始めるのはそれからしばらくしてのことです。

 あれから10年近く。人生は長いが、1日は短い。最近ではそう思うようになりました。

 それでは、また来週。

 


『Thelma Jones』(1978)

Vol.35「横綱」

 何食べても美味しい季節。何を聴いても心ときめき…そんなわけないか。好きな食べ物も好きな音楽も、もう見つけてしまったかもしれません。
 それは悲しいこと? いや、生きる喜びでしょう。

 今週はレコーディングを1日だけ休んで、山下達郎さんとのラジオ特番を収録してきました。NHK-FM『サウンド・ミュージアム』(10月30日19時20分~22時)という番組がそれで、何と160分の超長尺。もう二人でずーっと喋りっぱなし。ソウルとR&Bかけっぱなし。すごいねNHKは。何しろテーマが「山下達郎と聴くソウルミュージック」ですからね。実際の収録では軽く見積もって放送使用分の2倍は喋りましたから、どういう編集になっちゃうんだろう。番組スタッフのお手並み拝見ですな。

 この種の番組は「趣味色の強い特番と見せかけて実際は新譜のプロモーション」というのが常なんですが、なんと達郎さん、番組スタッフが用意した26日発売のニューシングル「白いアンブレラ」を自らその場で選曲リストから外してしまいました。そのぶんソウルミュージックが多くかかるわけで。これには目の前の私も驚きました。勿論、これは達郎さんほどのキャリアのあるアーティストにしか許されないことです。しかし、「できる」からといって実際に「やる」人を、私は初めて見ましたよ。

 さて、スティービー・ワンダーの新譜『A Time To Love』がついに出ました。オリジナル・アルバムとしては10年ぶり。もうお聴きになった方も多いことでしょう。
 万人が認めるように私もスティービーのことを天才だと思う。天才の生み出す芸術の楽しみ方にもいろいろあるのでしょうが、スティービーに関してはもう彼の気まぐれに付き合ってとことん気長に待つしかないかと。喩えるなら、美しい蝶。それはいつも羽を休めている。目覚めて何か言ったかと思えば、それは寝言だったり。ひとたび優雅に羽ばたくと、まき散る金の鱗粉を浴びようと人びとは列をなす。

 秋の夜長に私がひとりで聴きたいスティービーの曲は、どこか力の抜けたもの。過去の作品だと「Creepin’」とか「Weakness」とか、ロバータ・フラックに書き下ろした「Don’t Make Me Wait Too Long」とか。今回のアルバムでは、7曲目の「My Love Is On Fire」でしょうか。歌いだしからもう吸い込まれそう。歌詞の内容的にはセクシーにして普遍、という佳品です。まあ彼の偉大なるレパートリーの中では箸休めのようなものかもしれないけれど。私の知己であるポール・ライザーが美しいストリングス・アレンジを手がけていますし、ヒューバート・ローズのフルート・ソロ(スティービー本人がメロディを書いたそう)もドク・パウエルのギターも私の好み。

 というわけで、今回は東西の音楽業界、寡作の両横綱についてお話ししました。

 それでは、また来週。

 


『Roberta Flack featuring Donny Hathaway』(1980)
「Don’t Make Me Wait Too Long」収録。
スティービーはラップまで披露するという大盤振る舞い。

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