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2005-07-30

Vol.26 「過去原稿再録:『ef』(2002年5月号)松尾潔的音楽旅日記より」

 パリのことを花の都と最初に呼んだのは誰でしょう。実際に足を運んでみれば、犬の糞も朽ちかけた建物も多い。いったん気にすれば、そんな「花ならぬ」細部ばかり目につきます。

 とはいえ、セーヌ川の遠景や日暮れ時のシャンゼリゼ通りのように、美しいとしか表現できないような場所、瞬間もあります。住民はシャンゼリゼなんて行かないよ、と訳知り顔で言われようが構いません。だって、美しいんだから。

 通俗的だとお叱りを受けることを承知で告白しますが、僕が旅先で楽しみにしていることのひとつに、感銘を受けた音楽や小説、映画の舞台となった場所で、作者や登場人物の追体験をするという行為があります。旅行者にとっては、そんなちっぽけな物真似もまた楽しいもの。

 ときに、フランスにエルヴェ・ギベールという作家がいました。彼の作品『赤い帽子の男』で、喉の手術を終えたばかりの主人公=著者は医師に向かって「今すぐ牡蠣を食べに連れて行ってください」と懇願します。それほどまでにフランスの牡蠣は美味だということでしょう。

 著者は文中で牡蠣を食べる店を限定しています。それは、古くから芸術家が集う場所として知られるモンパルナス通りの老舗レストラン「ラ・クーポール」。ギベールが著作の中でディナーに行く時は、まあ大概この店なのですが。

 この正月にパリを訪れた際、パリ歴の長い知人夫妻に連れられてクーポールに行きました。これまでパリには何度か行ったことのある僕も、この店に行くのは初めてです。1927年につくられ、ピカソもフジタもヘミングウェイも通ったという聖地。当然、お目当ては生牡蠣!

 店に着いたのは夜の10時近く。千人は収容できる店内は満員で、客の話し声で騒がしいほど。客層は社会人が中心です。さらに、深夜2時までオーダーができるためか、店のバーカウンターには自分の順番が回ってくるのを待つ客がいっぱい。カップルから職場仲間とおぼしきご一行まで、みんなよくしゃべること。

 ギャルソンに聞かれるまま、まず人数を告げます。次に名前を、と思いきや、そのかわりにギャルソンは何の説明もなしに私に名札を手渡します。はて、名札?そこには小さく書き添えられた店名とともに「Igor Stravinski」の大きな文字が。

 ストラヴィンスキーといえば、ドイツ生まれにしてパリで才能を開花させた作曲家。ということは・・・・・・鈍感な僕もさすがに名札の意味が理解できました。店内でパリ文化人の名前が連呼されていたのは、そういうことだったのですね。今夜この店で自分はストラヴィンスキーなのだ、と。

 音楽業界の端くれにいる自分としては、この名前は身に余るほど。ただ、旅人の勢いで調子よく言わせてもらえば、パリがらみの音楽家ならいっそのことクインシー・ジョーンズがよかったなあ、なんて。

 名前が呼ばれるまでの間にしばし連想に浸りました。クーポールといえば、ベルナルド・ルビッチ監督の名画「ラストタンゴ・イン・パリ」にも出てきたっけ。シャンペーングラスでスコッチを飲むマーロン・ブランド。気だるいなかにもダンディズムがありました。あの映像も、エコール・ド・パリの面影を強く残すこの店だからこそ・・・・・・と、妄想、もとい、連想を打ち破るギャルソンの雄叫びが。
「ストラヴィンスキー!」

 どうやらテーブルの準備ができたよう。僕は飲みかけのシャンペーンを一気に喉に流し込みました。

*今週は松尾潔多忙につき、書き下ろしコラムはお休みし、過去の原稿を再録いたしました。
『ef 』2002年5月号。連載コラムの第1回でした。

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