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2006-11-15

Vol.59 「いろいろあるよ、いろいろね」

 ほぼ2ヶ月ぶりのご無沙汰です。さすがにこれがロンゲスト・ヤード、じゃなかったロンゲスト・インターバルですね。失礼しました。少し思うところあって執筆をお休みしていました。その間の仕事状況については弊社秘書がお知らせしている通りですが、まあ激しく働いてはいます。あ、そういえば今日はJUNEくんのデビュー日です。どうかひとつよろしく。この子の才能、凄いですから。

 確か前回のコラムでは8月のヨーロッパ周遊のご報告を予告していたのですが、これは機会を逸しましたね、さすがに。実は9月にもニューヨークを旅していました。で、悲願の生バーブラ・ストライザンド体験を果たしました。マディソン・スクエア・ガーデンでのコンサート。隣席はキッスジーン・シモンズ翁でした。ま、余談です。当地では『ジャージー・ボーイズ』等の人気ミュージカルも観賞。遅ればせながらの『ヘアスプレー』にはあら懐かしやテビン・キャンベルの姿が。 

 ま、こういった諸々は先月から始めたJ-WAVE『The Universe』でお話していることですが。カバーしていないエリアの方々、ごめんなさいね。ま、東京でも聴いてる方はそんなにいない番組ですけど。午前3時から5時までの解放区。じゃないとレギュラー番組なんて受けませんって。今のラジオを取り巻く状況には要らぬ規制が多すぎる。『The Universe』は存在自体が奇跡ですな。

 今日久しぶりにペンを執ったのは、私にとって大切なシンガーがまたひとり世を去ったから。ジェラルド・リバートが11月10日にオハイオ州クリーブランドの自宅で息を引き取りました。40歳。死因は心臓発作です。彼は1966年7月13日生まれ。日本的な尺度でいえばR&Bスクールの私の一学年先輩。そういえば彼のレパートリーに”School Me”という曲がありました。ジェラルドの父親はオージェイズのエディ・リバートですが、64歳の彼はまだ元気なのに。そういえばジェラルドはルーサー・バンドロスパティ・ラベルと仲が良いことでも有名でした。62歳のパティは昨年のルーサーに続き今年はジェラルドという年少の友人の葬儀でもレクイエムを歌うことになってしまいました。

 このコラムの読者の皆さんならご存じの方も多いかと思いますが、グループLEVERT名義、ソロ名義、またキース・スウェットとジョニー・ギルとのユニットLSG名義、そのすべての日本盤ライナーノーツの執筆を私は手がけています。特に活動初期は。20代だった私は、彼について認知が十分でなかった当時の日本のレコード会社ご担当を相手に何度も熱弁をふるったものです。結果、日本盤発売や電話インタビューも実現しましたが、それでも彼の名前が日本で浸透することはなかった。悔やまれます。12月に来日するジョニー・ギルはステージで何を語ってくれるでしょうか。

 さて、今回のコラムのタイトルは90年代初頭に何度目かのブームを起こした植木等さんのコンサート名です。今になってその言葉が沁みるなあ。これ、放送作家の河野洋さん作のはず。河野さんといえば私にゴルフを教えてくれた方です。韮山の別荘に泊めていただいて。その後、続けてませんが。シーマセン。ところで当時創刊間もない『東京ウォーカー』で植木さんのインタビュー記事を書いた記憶があるのですが。その掲載号をお持ちの方いらっしゃいませんか。どうかご一報を。謝礼差し上げます。

 それでは、また次回。

 


Gerald Levert & Eddie Levert Sr.『Father & Son』
これが一番のお気に入りというわけでもないのですが。
あちら側に行っても大好きなお父さんの写真があれば寂しくなかろうと。

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