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2007

Vol.66「ウラの裏はオモテ」

長らくご無沙汰していました。あやうくこのまま年を越すところでした。 忙しかったり、いろいろ思うところあったりで休載していた次第です。ごめんなさいね。このコラムを楽しみにしていただいている皆さん、どうかご海容を乞います。

かくも長き不在、とはいえその間もJ-WAVE『THE UNIVERSE』には毎週出演していました。What’s Newでも告知済みですが、10月からインターネット放送で世界中で聴けるようになりましたので、念のため。どうやらご存じない方も多いようなので。 お聴き逃しになった方は番組公式ブログだけでも覘いてください。私が書いているわけではないのですが、最近はレアねた・レア写真もぼつぼつ公開していますので。放送翌朝くらいを目処に週1回更新されていますよ。

では、長い留守の罪滅ぼしとして、12月らしく今年の活動ご報告を少し。 今年は結構頑張ってライブを観ました。夏以降は特に。以下はその美メロな分野のラインナップと短評です。日本人アーティストはキリがないので割愛しますけど。

・THE LAWS FAMILY
(4人の揃い踏みを東京で観ることができるとは。まさにベリー・スペシャル♪)

・CHARLIE WILSON of THE GAP BAND
(ファンカーの理想的な加齢の姿か。その実、華麗なる休憩術)

・STEELY DAN
(まあ物見遊山で。コーラスにシンディ・ミゼールの艶姿を発見)

・EARL KLUGH
(往年のBGMキング。サンプリング用途に恰好のフレーズ満載だと痛感)

・JOE featuring ALGEBRA
(同行のキダー・マッセンバーグの威光ばかり気になる)

・SA-RA (CREATIVE PARTNERS) featuring CRO-MAGNON
(仕事で時々お世話になるギタリスト・コスガツヨシ君の雄姿に感無量)

・MACEO PARKER with special guests PEE WEE ELLIS and FRED WESLEY
(ファンカーの理想的な加齢の姿、これは本格編)

・TANIA MARIA
(「Come With Me」歌わず、残念なり。英語喋れないという噂は本当!)

・KENNY “BABYFACE” EDMONDS
(興奮あまって3日間通う。久しぶりに本人と対面するも加齢レスぶりに驚愕)

・ROY AYERS with BILAL
(ロンドンのロニー・スコッツ以外で観るのは初めて。ビラルは存在感薄し)

・ERIC ROBERSON with special guest ANTHONY DAVID
(実直な姿に惹かれるところ多し。この後、エリック熱発生。アンソニーは大穴か?)

・KEITH SWEAT
(2日間観る。久しぶりに本人と対面し、その華麗なる加齢ぶりに却って好感)

・SAM MOORE
(あまりの休憩の多さに本人の実年齢を思いハラハラ)

・THE BRAND NEW HEAVIES featuring N’DEA DAVENPORT
(流石の日本人捌き!エンディアの美しい胸がブラウスからこぼれそうでハラハラ)

・AMERIE
(歌うのもいいけど、この後ディナーご一緒しませんか?)

・FERGIE
(アルマーニ顧客を集めた武道館のショウで。ソロだと少し物足りないなあ)

・LEDISI
(骨折した右腕にギプスつけての熱唱。オーディエンスのR&B民度高し)

・KIRK WHALUM and JOHN STODDART
(この二人が調布・仙川に来るとは!終演後、好漢ジョンとしばし歓談。)

・THE TEMPTATIONS REVIEW featuring DENNIS EDWARDS
(三賢者に格差あり。オフ日にアリ・オリと呑む。私の運転でホテルに送る)

・CHRISETTE MICHELE
(彼女、緊張してたかな? ジョン・レジェンド曲はライブでこそ映えると実感)

・ALICIA KEYS
(丸ビルの吹き抜けを極上のホールに変える歌の力よ!)

・SOUNDS OF BLACKNESS
(ゲイリー・ハインズ健在。スキヤキを披露、その1)

・BERNARD PURDIE and CHUCK RAINEY ALL STARS
(慰労会ムード。されど「Rock Steady」には興奮禁じ得ず。)

・RAHSAAN PATTERSON
(10年前のNY以来。冗長かつ饒舌なライブ。ケネス・クラウチがスキヤキを演奏)

・MARSHA AMBROSIUS of FLOETRY featuring EMILY KING
(コーラスがスターリング “Nasty Girl” シムズ!成程Knightwritersの盟友か)

・BOBBY CALDWELL
(初鑑賞。スキヤキを一部日本語で歌う。ボビーさん、日本人ですか?)

・AL KOOPER AND THE FUNKY FACULTY
(せめて「I Love You More Than You’ll Ever Know」歌ってくれないとね)

・CORNEILLE
(スキヤキその4は私の制作「Lonely Nights」。「Parce Qu’On Vient De Loin」に感動)

以上のラインナップ、まあ見る人が見ればお判りでしょうが、大半はビルボードライブ東京コットンクラブでの公演です。ビルボードは7月の開店イベントに出演したり、パンフレットにコラムを寄せたりしています。一方のコットンはマネージャーが以前からの知り合い、ソムリエとも彼が●エール・●ニェール勤務の頃に知り合って…という具合。ちょっとドレスアップしたくなる空間であります。まあどちらも私にとっては落ち着くセカンド・ホームの感覚ですね。
周囲によく訊かれるのが、テディ・ライリーは観に行かなかったの?という件。
ええ、残念ながら。テディが六本木のビルボードライブでボコーダーを響かせている頃、私は有楽町でオランダから来日中のワルツ王アンドレ・リュウの世界に酔いしれていました。しかも、去年に続いて、なんですけどね。
この件を聞くなりニヤリ、「そっちのほうがファンクかも」と言ってのけたのは久保田利伸さん。そりゃ穿ち過ぎですってば。ウラの裏はオモテです。

それでは、また次回。

Vol.65「オリジナル全文掲載:筒美京平トリビュート『the popular music』エッセイ」 『また逢う日まで』

 知人を介して筒美京平氏からコンタクトをいただいたのは数年前のこと。平井堅やChemistryでの私のプロデュース・ワークにご興味を抱かれたらしい。
 正直に言うと私はそのことに恐縮すると同時に意外にも思ったものだ。なぜなら自分は楽曲の完成図を描いたり司令塔的な役割に徹するタイプのプロデューサーであり、作曲や編曲のプロフェッショナルではないから。稀代のコンポーザーにして名アレンジャーの京平先生は「美しい誤解」のもとに私にお声をかけられたのではないか。そんな疑念を払拭できぬまま待ち合わせの場である瀟洒なレストランに足を運んだ。 

 京平先生が店内に入ってこられた瞬間のことはいつまでも忘れることがないだろう。一見して上質な素材と素晴らしい仕立てとわかるスーツに身をつつんだ紳士は、その服装に相応しいエレガントな所作でまず私を魅了した。 
 音楽にはじまり、料理、ファッション…と話題が移っても、常に一定した機知と皮肉のバランス。批評と自嘲の均衡。もちろん私が強く惹かれたのは皮肉や自嘲の類なのだが。それを直に耳にするにおよび、信頼するに足る方だとの思いを強くし、私の心配はすべて杞憂に終わった。
 伝説の人・筒美京平は、つくづく「わかった御仁」なのであった。 

 それから仕事やお食事の場で頻繁にお会いするようになるまで、大して時間はかからなかった。思い出は尽きないが、なかでも印象深いことをお話ししたい。 
 それは女優の仲間由紀恵さんが出演するテレビCMで彼女自身が歌うオリジナル・ソングを作曲していただけないか、というご相談をした時のことである。私のプロデュースの意図を正確かつ迅速に理解された京平先生は、新曲を数パターンも用意してくださった。その頃には先生の独特の癖のある手書き楽譜の解読に慣れていた私は、一見してこの曲がCMソングという枠を飛び越えるだけのパワーに満ちていると確信した。
 しかし、ひとつだけ不安があった。このメロディーが仲間さんの声域から少しはみ出してしまうのでは、という点について。とはいえこのサビのキャッチーな魅力には抗しがたい。無論、京平先生に書き直しをお願いすることについての遠慮もあった。 
 思案をめぐらすことに疲れた私は正直に告げた。すると京平先生はこともなげに「そりゃ書き直しますよ」とおっしゃったのである。でも…と言いかけた私を遮るように言葉を継がれた。「僕たち作曲家は歌ってくれる人がいなきゃ世に出られないじゃない。歌ってくれなきゃメロディーだって聴いてもらえないし」 
 その真意をまだ掴みかねていた私は訊いた。一般論として、レコーディング前にレッスンを積めば歌えるようになるかも、という場合はどうでしょう? 大作曲家は涼しげな微笑をたたえながら「歌えるようになるためにレッスンする必要はないよ。その歌い手の力量にあったメロディーを書けばいいんだから」と答えた。私は歌づくりの真髄、そして作曲家の矜持を見た思いがしたものである。 
 この時の話は、蓋を開けてみると仲間さんが難なくオリジナルのメロディーを歌いこなして一件落着、その曲「恋のダウンロード」はめでたくシングル化されてヒットを記録という幸せなオチがつく。ヒットメーカー・筒美京平はこの種の挿話に数え切れないほど向かい合ってきたのであろう。 

 以下、本アルバムの個人的な感想を。いささか端的に。
 つんく♂、秋川雅史、草野正宗の三氏は自分と同世代であるから、彼らの曲を聴くにあたっては、小学校の夏休み明けに同級生の読書感想文を読んだ時のドキドキした感じを味わうことができた。つんく_、草野両氏は誰もが認める優れたソングライターだが、歌い手に徹した今回の作品ではどこか少年の顔が見え隠れする。私の気のせいか。
 世代が異なるアーティストの楽曲を聴くにあたっては、筒美京平メロディーの解釈の差異を発見する悦びがあった。すべての筒美メロディーは歌われることを待っている、という印象を新たにした。

 先に京平先生のお言葉を引用したように、メロディーは歌われることによって世に出る。とはいえ、すべての曲がずっと生き長らえるわけではない。お披露目のあと、しばしの眠りに就くこともあるだろう。眠れる美女は運命の王子が現れてそっと口づけするのを待つのだ。それまではやさしく美しい寝顔で眠りつづける。
 運命の歌い手に、また逢う日まで。

※来週7月11日に筒美京平さんトリビュート盤『the popular music』がリリースされます。私は音源制作に関わったわけではないのですが、ご縁あって商品ライナーノーツにエッセイを寄せることになりました。その全文は公式サイトで読むことができるのですが、実はこのエッセイは商品のデザインの都合上やむを得ず抄出したものであり、もともと私がしたためたオリジナル原稿は優に倍以上のボリュームがありました。今回はその全文を掲載しました。

 


V.A.『the popular music』(2007)

Vol.64「PASMOが教えてくれたこと」

 1ヶ月のご無沙汰でした。松尾潔でございます(往年の玉置宏風に)。

 前回のコラムでの、ブログが苦手、という告白に賛同してくださる方が殊のほか多く、励みになりました。聞くところによると、映画『プラダを着た悪魔』メリル・ストリープが演じたミランダ役のモデルとされる米国版『VOGUE』名物編集長アナ・ウィンターも、「クールじゃない」という理由でブログを導入していないとか。ま、私の場合はそこまで言い切れるほどの確たる根拠があるわけじゃないですが。

 ただ、大のオトコが美味しいもの食べたり呑んだりしている最中に、ブログのアップ目的で、一品ずつ、もしくは一杯ずつデジカメでパシャパシャというのは如何なもんでしょう。それって男前の行為には思えないんですけど。男前かそうでないか、それが問題だ!…なんて言っておきながら、実際にやってみるとハマってみたりして。

 さて、今回は珍しく音楽とはまったく関係のないオハナシを。

 日常の足としてクルマを使うようになって長いのですが、この春、そんな生活に変化が訪れました。ちょっとした偶然から3月18日に発売されたPASMOを入手したことがきっかけとなり、以後、高校時代以来の『電車+バス+地下鉄ブーム』(語呂悪し)が到来したのであります。

 それからというもの、はっきり行き先も決めずに電車を乗り、気の向くままに乗り継いでは名前しか知らなかった小さな駅で降りて散策したり。蕎麦屋を見つけて軽く呑む。初めて入る駅前の本屋で買った文庫本を読みながら帰路に就く。こんな楽しみが今とても新鮮に感じられるのです。

 ご存じない方のために端的にご説明すると、PASMOは首都圏の鉄道・バスで共通して利用できるICカード。これ1枚あれば、地下鉄、モノレール、JR、他私鉄、加えて全バス路線を何回乗り換えても、チケットを買い直したり乗りこし精算したりする必要がありません。自動改札機やバス乗車口の読み取り装置にPASMOを軽くタッチするだけ。おまけに地下鉄の売店等でお買い物までできちゃう。チャージは上限2万円だったかな。記名タイプを購入すれば、万が一紛失しても再発行できます。

 まったく問題がないわけではありません。PASMOの利用を効率的にしているバスの均一料金システムは、一見すごくお得なようでいてその実初乗り料金の引き上げという側面もあります。がしかし、何よりこの簡便さは捨てがたい。新宿や渋谷といった世界有数の巨大ターミナル駅での乗り換え、乗り継ぎがちょっと驚いてしまうくらいスムーズになりました。今になってわかりましたが、1日に何度も券売機に並ぶ行為は思いのほかストレス発生の理由になっていたんですね。とりわけ夜、こっちが素面なのに券売機の行列は酔客だらけ、みたいな場合は特に。

 これまで混雑時の銀座や渋谷や新宿に映画を観に行こうと思っても、マイカーゆえに渋滞や駐車場待ちの行列に結構な時間を要し、映画館を目前にしながら開映時刻に間に合わず、ということがよくありました。まあ早め早めに行動すれば良いのでしょうが、いつも必ずしもそういう余裕があるわけではないので。ところが地下鉄や電車だと時間が読める!こりゃすごい。

 何だか、PASMOの効用というより単に公共交通機関の利点を語っているだけのような気もしてきました。それでも、学生時代は他の選択肢がなくて利用していた地下鉄や電車の効用にあらためて気づかせてくれたのがPASMOであることは間違いありません。券売機に並ぶのは嫌い、でも乗客ウォッチングは好き、な人(私含む)にはピッタリ。

 あと、これが最大の理由ではないけれど、公共交通機関を利用することにより、地球環境のために悪いことをひとつ止めたという実感を抱けるのは予想外のメリットでした。マイカー移動時の大半は単独乗車ですからね。自分ひとりが移動するために少なくはない化石燃料を使って焚き火している、みたいな漠たる罪悪感が払拭できます。

 レコーディング終了が深夜や早朝になると予めわかっている時、大きい機材の持ち運びが必要な時などは、従来通りクルマを運転しています。勿論、ひとりでクルマを転がす愉しみも悪くはないものです。できれば音楽もヘッドフォンではなく大きなスピーカーから聴いていたいし。しかし、都心でマイカー利用は何しろ効率が悪すぎる。1枚のPASMOがそれを教えてくれました。

 残念ながら現在PASMOは新規発行休止中で、再開は9月の予定だそうです。一応、念のため。

 それでは、また次回。

Vol.63「また徐々に」

 正月以来、実に久しぶりのコラムです。皆さんお元気でしたか。ずっとサボっててすみません。その間にもアクセスを重ねていただいた皆さんに感謝します。

 『FROM STAFF』で秘書が綴ってきたように、私はかなり忙しくしておりました。現在までの今年のお仕事を以下まとめると、まずは鈴木雅之さんとくんのアルバムの制作。他にも数組のプロデュースを手がけたのですが、まあそれはおいおい発表していくとして。変わったところだと作詞のみで参加のエナメルブラザーズ(鈴木雅之+黒沢薫)。ふだんから仲良くお付き合いしている黒沢くんの作曲ナンバーに加え、オリジナル・ラヴの田島貴男さんの曲にも初めて詞を書きました。これは自信作ですよ。

 音楽制作以外だと、まずは毎週月曜深夜のJ-WAVE『THE UNIVERSE』。これは選曲に結構時間かかっちゃってます。他曜日ご担当の皆さんも例外なくそうらしいですけどね。何しろ構成台本も何にもない番組ですから、自分で準備をやるしかないのです。そこまで時間かけて用意した選曲が、本番では余談三昧ゆえに泣く泣くオンエアせずじまいということも。まあすぐに話が脱線しちゃう自分のせいなんですけどね。

 あとはコルネイユの日本デビューのお手伝いでしょうか。カナダ・モントリオールへの取材旅行を皮切りに、長文ライナーノーツ執筆、来日時の会食…気づけばこの春の多くの時間を割いていました。この機会にルワンダ、フランス、そしてカナダを結ぶ文化の太い線を学び直したのは大きな収穫となったように思います。

 執筆といえば、これも秘書がご報告済みなのですが、私がいつかはまとめなければと思いながら先延ばしにして10数年、結局は本人の逝去がその機会となってしまったジェームズ・ブラウンとの邂逅の記。『レコード・コレクターズ増刊 /JAMES BROWN』に寄稿しました。未読の方はどうかお手にとってみてください。

 アナウンスもないまま休載してから現在に至るまで、いろいろとお便りをいただきました。ありがたいことに再開要望のお声が最も多かったのですが、なかにはラジオのリスナーから前回のコラムの内容に対してのネガティブな反応もいくつかあり、絶縁状めいた内容のものさえありました。なるほど私にも反省すべき点が少なからずあるなあ、と。

 本コラムの読者の中には実にいろんな目的の方がたがいらっしゃいます。洋楽R&Bについて語る文章は読みたいが、私のつくる日本語ポップスに興味はない、というタイプ。その反対で、私のプロデュースするアーティストの情報を渇望しているが、洋楽R&Bの話にはまったく無関心、というタイプ。または、たんに息抜きとして肩のこらないコラムを読みたいだけというタイプ、などなど。

 なぜブログ形式にしないのか、という声も次第に増えてきました。写真充実の『THE UNIVERSE』の番組ブログを読んだ後にこのコラムに飛んでくると寂しく感じる、という方が多いようですね。なるほど。とはいえ、私は元来オールドスクールな活字愛読者なので、写真を多用して短い文章を随時、というブログ形式にはなかなか馴染めなくて。かなうならばウェブ上よりも冊子という形態で年に数回コラムを配布したいくらいなんですよ、本音をいえば。でも、こういう時代なので。賢明なる諸兄諸嬢よ、察してくだされ。今後は休載中に感じたことをふまえて、また徐々に執筆ペースを元に戻していくつもりです。どうかよろしくお付き合いください。

 それでは、また次回。

Vol.62「つながりたい」

 今年もどうかよろしくお付き合いください。

 ここ数年、年の初めは長いお休みをとって欧米で過ごすことが多かった私ですが、今年は三が日から鈴木雅之さんの新作レコーディングを始動させたので、正月気分は控えめでした。とはいえ、酒を酌み交わす機会は多かったですね。年末年始ですから、やはり。あと、4日に無事39歳の誕生日を迎えまして。憧れの40代まであと1年を切りました!

 年末はブルーノート東京に足繁く通いました。ジョニー・ギル公演には12月20日と25日の2回。20日は山下達郎さんと(この夜の話は吉岡正晴さんの日記で)、25日は久保田利伸さんと。そして26日と31日にはカウント・ベイシー・オーケストラ公演へ行きました。大晦日はベイシー好きの父親に付き合い家族全員で。行きつけの蕎麦屋で年越し蕎麦を食べて暮れの挨拶を済ませ、その1時間後にはビッグバンド・ジャズを聴きながらピノ・ノアールを楽しむ。東京の年末。ま、こんな生活を続けたせいで、その後体調を崩してしばらく風邪に苦しみましたけれど。それでもお釣りがくる音楽生活ではありました。

 暮れの1週間に酒量が増えたのは、年末という理由からだけではありません。既報の通り、12月25日にジェームズ・ブラウン(JB)が亡くなったのです。

 JBはクインシー・ジョーンズとならび私の音楽人生に最も大きな影響を与えた人です。24歳の時に初めて会ってお話しして以来、彼はずっと私の胸にいます。このことは、80年代から長年にわたって拙文をご愛読くださっている皆さん、もしくは1月8日の『The Universe』をお聴きになった方ならばご理解いただけることと信じています。

 JB急死。この悲しい報せを私はジムのテレビから流れる夕方のニュースで知りました。あやうくバーベルを落として大怪我するところでしたよ。その夜は久保田利伸さんと待ち合わせてジョニー・ギル公演に行く予定で。これは連絡しなきゃと思ってロッカールームに携帯電話を取りに行くと、すでに彼からの着信が。かけ直した電話のなかで私たちは思い出しました。1995年6月30日にフィリス・ハイマンがニューヨークで自死した時も、共にNYにいた二人は会う予定を控えていたということを。長話ならこの後会っていくらでもできるというのに、久保田さんと私は互いに饒舌になっていました。そして、しばしの沈黙。ようやく電話を切りました。

 もうひとりのJB愛好家、山下達郎さんともすぐに留守電とメールのやりとりを。おそらく日本中の、いや世界中のJBファンの間でこんなコミュニケーションが飛び交っていたのでしょう。喪失感を埋めたい時、人は「つながり」を確認したくなるものです。

 ジョニー・ギルはライブのMCではJBについて一切触れませんでした。終演後に久保田さんと私は楽屋を訪ねて旧交を温めました。久保田さんにとっても私にとっても久々の再会。思い出話に興じた後、久保田さんがさり気なくJBの話を切り出します。「JBのこと、知ってるよね?」「ああ、開演の少し前に聞いたよ…。」やはり理由あって黙していたのでした。私たちは頷き、この件に関してはそれ以上語りませんでした。

 ところで前回のコラムで予告した通り、12月25日の『The Universe』はその達郎さんをゲストにお迎えしての歳末放談でした。収録は数日前に済ませていたので、JBの訃報には対応できませんでした。よりによって「2006年に没したソウルの偉人たち」の話までしたというのに。何たる皮肉。達郎さんは日本屈指のJBのレコード・コレクターです。もし生放送だったら番組内容はJB一色(その色は黒!)になったことでしょう…果たしてそれがリスナーの皆さんにとって歓迎すべきものだったかどうかは判断つきかねますけど。後日、達郎さんとはJB死去と番組放送日との奇妙な巡り合わせについて語ったものです。

 運の悪いことには12月25日時点で次週1月1日分の番組も収録を終えていたのです。当然JBには言及できずじまい。流石にこれは当日までに録り直そうかと私も悩みました。しかし元日の放送でJB逝去の話に終始するのは相応しくないと判断し、川口大輔さんとの新春バージョンをそのままオンエアした次第です。何より、JBが消えたことに冷静に対応するには早すぎました。晩年の宇野千代さんの有名な言葉に倣って言えば「最近、JBは死なないような気がしていました」ので。

 偶然にも1933年生まれのJB(1928年説あり)と私の父親は同い年なんですよ。ちなみにクインシー・ジョーンズも。だからなのかどうか、年末年始に父親と何気ない話をしている最中にふとJBを思い出したりするのです。これには困りました。新年第1回目の収録となった『The Universe』1月8日分の放送でやっとJBについての想いを話すことができ、ようやく年が明けたような気がしたものです。

 JBについて語る時機が遅れたせいでしょうか、このところJ-WAVEや本ホームページへ届くメールの中に『The Universe』は生放送か収録なのかについてのお問い合わせの声がにわかに多くなっています。あのねえ…私は『The Universe』DJ陣の中でどうやら最年少のようですが、それでもこのトシで午前3時からの生放送は無理ですってば。本職は別にあるし。「ナマ」幻想抱かせていたならゴメンナサイ。ただ、この件については早々に昨年11月の本コラムで思うことを述べていますので、念のため。今回の件でよくわかりましたが、ほとんどの番組リスナーって本コラムまではお読みにならないんですねえ。ま、仕方ないか。ブログ全盛の時代に思うところあって敷居高くしてますので。

 閑話休題、一般論として、放送中に「生放送でお届けしています」コールが入らない深夜ラジオ番組は収録モノだと判断していただければよいのではないでしょうか。ま、私も20年近くラジオに関わっていますから、番組の中では直接言及するような野暮はしませんけど。これも一般論ですが、ラジオ局がDJに「収録でお届けしています」コールを奨励するわけがありませんよねえ。

 寄せられた多くのメールを読んで痛感するのは、深夜には誰かと「つながっている」体感が欲しい方が沢山いらっしゃるのだなあ、ということです。孤独というほど大袈裟ではないにしても、どこか人寂しさを紛らわせたくてラジオをお聴きになる方が多いんですね。考えてみれば私が深夜にラジオを聴くのもそういう気分の時が多いかも。確かに、そういう時に「生放送でお届けしています」コールを聞くと「ああ、いま起きてる…生きてるのは自分だけじゃないんだ!」と妙に安心しますし。ラジオは「人の気配」を伝えるメディアとして有効だとも言えるでしょう。

 ラジオとの付き合い方は人それぞれです。私の場合、「ナマ感」を楽しみたいものはまず放送時に聴きますね。聴き逃したら潔く諦める。必ずしもリアルタイムで聴かなくてよいと自分が判断した収録モノは、こちらも録音で対応したりするし。テレビでもお目当てのスポーツ中継とドラマが同じ時間帯に重なると、生ではスポーツ中継の緊張感を優先してドラマは録画後にじっくり観ることが多いですが、ま、それと同じ理屈ですね。とはいっても、『The Universe』はあくまで27時~29時にひとりで起きているリスナーを想定してマイクに向かってますよ!と一応強調しておきます。発信者としてね。

 それでは、また次回。ここでつながりましょう。

(ジェームズ・ブラウンについては、今春ミュージック・マガジン社より刊行予定の追悼本にエッセイを寄稿する予定です)

 


James Brown『Universal James』(1992)
この頃に初めて拝顔の栄に浴しました。
USからC+C ミュージック・ファクトリー、
UKからソウルIIソウルがプロデュース参加したことが話題に。

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