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2007-07-04

Vol.65「オリジナル全文掲載:筒美京平トリビュート『the popular music』エッセイ」 『また逢う日まで』

 知人を介して筒美京平氏からコンタクトをいただいたのは数年前のこと。平井堅やChemistryでの私のプロデュース・ワークにご興味を抱かれたらしい。
 正直に言うと私はそのことに恐縮すると同時に意外にも思ったものだ。なぜなら自分は楽曲の完成図を描いたり司令塔的な役割に徹するタイプのプロデューサーであり、作曲や編曲のプロフェッショナルではないから。稀代のコンポーザーにして名アレンジャーの京平先生は「美しい誤解」のもとに私にお声をかけられたのではないか。そんな疑念を払拭できぬまま待ち合わせの場である瀟洒なレストランに足を運んだ。 

 京平先生が店内に入ってこられた瞬間のことはいつまでも忘れることがないだろう。一見して上質な素材と素晴らしい仕立てとわかるスーツに身をつつんだ紳士は、その服装に相応しいエレガントな所作でまず私を魅了した。 
 音楽にはじまり、料理、ファッション…と話題が移っても、常に一定した機知と皮肉のバランス。批評と自嘲の均衡。もちろん私が強く惹かれたのは皮肉や自嘲の類なのだが。それを直に耳にするにおよび、信頼するに足る方だとの思いを強くし、私の心配はすべて杞憂に終わった。
 伝説の人・筒美京平は、つくづく「わかった御仁」なのであった。 

 それから仕事やお食事の場で頻繁にお会いするようになるまで、大して時間はかからなかった。思い出は尽きないが、なかでも印象深いことをお話ししたい。 
 それは女優の仲間由紀恵さんが出演するテレビCMで彼女自身が歌うオリジナル・ソングを作曲していただけないか、というご相談をした時のことである。私のプロデュースの意図を正確かつ迅速に理解された京平先生は、新曲を数パターンも用意してくださった。その頃には先生の独特の癖のある手書き楽譜の解読に慣れていた私は、一見してこの曲がCMソングという枠を飛び越えるだけのパワーに満ちていると確信した。
 しかし、ひとつだけ不安があった。このメロディーが仲間さんの声域から少しはみ出してしまうのでは、という点について。とはいえこのサビのキャッチーな魅力には抗しがたい。無論、京平先生に書き直しをお願いすることについての遠慮もあった。 
 思案をめぐらすことに疲れた私は正直に告げた。すると京平先生はこともなげに「そりゃ書き直しますよ」とおっしゃったのである。でも…と言いかけた私を遮るように言葉を継がれた。「僕たち作曲家は歌ってくれる人がいなきゃ世に出られないじゃない。歌ってくれなきゃメロディーだって聴いてもらえないし」 
 その真意をまだ掴みかねていた私は訊いた。一般論として、レコーディング前にレッスンを積めば歌えるようになるかも、という場合はどうでしょう? 大作曲家は涼しげな微笑をたたえながら「歌えるようになるためにレッスンする必要はないよ。その歌い手の力量にあったメロディーを書けばいいんだから」と答えた。私は歌づくりの真髄、そして作曲家の矜持を見た思いがしたものである。 
 この時の話は、蓋を開けてみると仲間さんが難なくオリジナルのメロディーを歌いこなして一件落着、その曲「恋のダウンロード」はめでたくシングル化されてヒットを記録という幸せなオチがつく。ヒットメーカー・筒美京平はこの種の挿話に数え切れないほど向かい合ってきたのであろう。 

 以下、本アルバムの個人的な感想を。いささか端的に。
 つんく♂、秋川雅史、草野正宗の三氏は自分と同世代であるから、彼らの曲を聴くにあたっては、小学校の夏休み明けに同級生の読書感想文を読んだ時のドキドキした感じを味わうことができた。つんく_、草野両氏は誰もが認める優れたソングライターだが、歌い手に徹した今回の作品ではどこか少年の顔が見え隠れする。私の気のせいか。
 世代が異なるアーティストの楽曲を聴くにあたっては、筒美京平メロディーの解釈の差異を発見する悦びがあった。すべての筒美メロディーは歌われることを待っている、という印象を新たにした。

 先に京平先生のお言葉を引用したように、メロディーは歌われることによって世に出る。とはいえ、すべての曲がずっと生き長らえるわけではない。お披露目のあと、しばしの眠りに就くこともあるだろう。眠れる美女は運命の王子が現れてそっと口づけするのを待つのだ。それまではやさしく美しい寝顔で眠りつづける。
 運命の歌い手に、また逢う日まで。

※来週7月11日に筒美京平さんトリビュート盤『the popular music』がリリースされます。私は音源制作に関わったわけではないのですが、ご縁あって商品ライナーノーツにエッセイを寄せることになりました。その全文は公式サイトで読むことができるのですが、実はこのエッセイは商品のデザインの都合上やむを得ず抄出したものであり、もともと私がしたためたオリジナル原稿は優に倍以上のボリュームがありました。今回はその全文を掲載しました。

 


V.A.『the popular music』(2007)

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