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2008-06

Vol.68「My Radio Days」

 みなさん、お久しぶりです。随分とご無沙汰してしまいました。
 明日から2008年も後半戦突入、というタイミングで、今年2回目のコラムです。 

 エラそうに2回目なんて言っちゃいけないのかな。わざわざ「毎週水曜日頃更新予定」って掲げといて、半年で2回、だもんなあ。我ながら呆れますね…。近頃では「早くコラム再開してください」というお便りさえ届かなくなりました。筆不精は友をなくすよ。その逆は、マメな男はモテるよ。あ、余談でした。
 もとい、その間にも弊社秘書がたびたびお伝えしてきたように、松尾潔は元気に仕事を続けています。先日はたいそうな賞もいただきました。ありがたや。

 さて本題。
 今さらながら、この春、J-WAVE『THE UNIVERSE』が終わりました。残念でした。1年半のご愛聴ありがとうございました。まだ番組公式サイトは残っていますので、寿命が尽きる前にご高覧ください。なんつうか、青春の残滓、みたいな感じ?
 番組の終了通告には出演者の私がいちばん驚きました。柄にもなくリスナーとのイベントをやろうと言いだした矢先だったのが皮肉かつ残念ではありましたが、それでもイベント開催できて嬉しかったな。ゲストの吉岡正晴さんサイコーでした!

 本格的にラジオと関わりを持つようになったのは、開局したばかりのBayFMでした。1990年のこと。
 ここでは試行錯誤を繰り返したものです。それまで音楽ライターとしては大きな仕事に関わり始めていたものの、それでも20代になったばかりで何の経験もない、ましてやどこの事務所に所属しているわけでもなかった私。そんな若造を選曲者、構成作家、そしてディスクジョッキーに抜擢した同局の浅地豊樹さんの勇気には今更ながら驚きます。
 もっとも、当時の私は年齢相応に自意識も肥大気味だったのでしょう、編成方針について何度となく悪態をついたものですが。今ではその「勇気」にも素直に感謝できるようになりましたよ。まあ遅すぎるんですが。いつも気づくのが遅れるのは人の恩、言いだすのが早いのが恨み言。
 この時期は実にいろいろな番組をやらせてもらいました。午前9時から午後4時までの7時間ブラックミュージックだけをかけまくる番組、とか。音楽、マスコミ、あるいは広告業界の若い世代の方に仕事でお会いすると、たまに「10代の頃にBayFM聴いてましたよ~」と言われることがあります。そのたびに温かい気持ちになるけれど、あの頃の若さがあったからできたことばかりなので、今それをできるとは思えません。
 1998年、30歳になるのとほぼ同時に始めたのがFM横浜『SOUL SYSTEM』。番組プロデューサーのDJ OSSHY、ディレクターの能勢修(K-FUNK)両氏がともに私の同世代、ともに圧倒的な知識と経験を誇るR&Bピープルという絶好の条件が整いました。以後の私の番組フォーマットはすべて『SOUL SYSTEM』で作られたと言ってよいでしょう。その後、旧知の中野昭彦ディレクターに誘っていただき古巣のBayFMで始めた『松尾潔的音楽夜話』も基本的に同趣向の番組でしたね。あれも楽しかったなあ。
 『THE UNIVERSE』はそのスタイルのひとつの到達点を自負していました。公式ブログが装備される時代、だからこそ本編はオールドファッションドなスタイルを貫きました。

 そして現在、久々にレギュラーのラジオ番組がひとつもない状態です。またどこかで新番組を始められるといいのですが。
 いくつか新番組のお誘いもいただいていますが、『THE UNIVERSE』に準じる時間枠、形式を許してくれないかぎり、レギュラーでお受けするのはちょっと無理かも。というか、あのフォーマットじゃないと私みたいなお喋りの素人がラジオ番組やる意味ないでしょう?それくらいあの番組のスタイルに愛着があったとご理解いただきたいのですが。
 それとも、私は可能性を限定しすぎなのかな…。
 心を動かされるような企画書、魅力ある制作者との出会いを待っています。

 以上、これまで一度も放送局に自分を売り込んだことのない私のつぶやきでした。ヤル気がないわけじゃないのよ、なんてね。

 それでは、また次回。

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