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松尾潔公式サイト~Never Too Much Productions~ コラム

Vol.64「PASMOが教えてくれたこと」

 1ヶ月のご無沙汰でした。松尾潔でございます(往年の玉置宏風に)。

 前回のコラムでの、ブログが苦手、という告白に賛同してくださる方が殊のほか多く、励みになりました。聞くところによると、映画『プラダを着た悪魔』メリル・ストリープが演じたミランダ役のモデルとされる米国版『VOGUE』名物編集長アナ・ウィンターも、「クールじゃない」という理由でブログを導入していないとか。ま、私の場合はそこまで言い切れるほどの確たる根拠があるわけじゃないですが。

 ただ、大のオトコが美味しいもの食べたり呑んだりしている最中に、ブログのアップ目的で、一品ずつ、もしくは一杯ずつデジカメでパシャパシャというのは如何なもんでしょう。それって男前の行為には思えないんですけど。男前かそうでないか、それが問題だ!…なんて言っておきながら、実際にやってみるとハマってみたりして。

 さて、今回は珍しく音楽とはまったく関係のないオハナシを。

 日常の足としてクルマを使うようになって長いのですが、この春、そんな生活に変化が訪れました。ちょっとした偶然から3月18日に発売されたPASMOを入手したことがきっかけとなり、以後、高校時代以来の『電車+バス+地下鉄ブーム』(語呂悪し)が到来したのであります。

 それからというもの、はっきり行き先も決めずに電車を乗り、気の向くままに乗り継いでは名前しか知らなかった小さな駅で降りて散策したり。蕎麦屋を見つけて軽く呑む。初めて入る駅前の本屋で買った文庫本を読みながら帰路に就く。こんな楽しみが今とても新鮮に感じられるのです。

 ご存じない方のために端的にご説明すると、PASMOは首都圏の鉄道・バスで共通して利用できるICカード。これ1枚あれば、地下鉄、モノレール、JR、他私鉄、加えて全バス路線を何回乗り換えても、チケットを買い直したり乗りこし精算したりする必要がありません。自動改札機やバス乗車口の読み取り装置にPASMOを軽くタッチするだけ。おまけに地下鉄の売店等でお買い物までできちゃう。チャージは上限2万円だったかな。記名タイプを購入すれば、万が一紛失しても再発行できます。

 まったく問題がないわけではありません。PASMOの利用を効率的にしているバスの均一料金システムは、一見すごくお得なようでいてその実初乗り料金の引き上げという側面もあります。がしかし、何よりこの簡便さは捨てがたい。新宿や渋谷といった世界有数の巨大ターミナル駅での乗り換え、乗り継ぎがちょっと驚いてしまうくらいスムーズになりました。今になってわかりましたが、1日に何度も券売機に並ぶ行為は思いのほかストレス発生の理由になっていたんですね。とりわけ夜、こっちが素面なのに券売機の行列は酔客だらけ、みたいな場合は特に。

 これまで混雑時の銀座や渋谷や新宿に映画を観に行こうと思っても、マイカーゆえに渋滞や駐車場待ちの行列に結構な時間を要し、映画館を目前にしながら開映時刻に間に合わず、ということがよくありました。まあ早め早めに行動すれば良いのでしょうが、いつも必ずしもそういう余裕があるわけではないので。ところが地下鉄や電車だと時間が読める!こりゃすごい。

 何だか、PASMOの効用というより単に公共交通機関の利点を語っているだけのような気もしてきました。それでも、学生時代は他の選択肢がなくて利用していた地下鉄や電車の効用にあらためて気づかせてくれたのがPASMOであることは間違いありません。券売機に並ぶのは嫌い、でも乗客ウォッチングは好き、な人(私含む)にはピッタリ。

 あと、これが最大の理由ではないけれど、公共交通機関を利用することにより、地球環境のために悪いことをひとつ止めたという実感を抱けるのは予想外のメリットでした。マイカー移動時の大半は単独乗車ですからね。自分ひとりが移動するために少なくはない化石燃料を使って焚き火している、みたいな漠たる罪悪感が払拭できます。

 レコーディング終了が深夜や早朝になると予めわかっている時、大きい機材の持ち運びが必要な時などは、従来通りクルマを運転しています。勿論、ひとりでクルマを転がす愉しみも悪くはないものです。できれば音楽もヘッドフォンではなく大きなスピーカーから聴いていたいし。しかし、都心でマイカー利用は何しろ効率が悪すぎる。1枚のPASMOがそれを教えてくれました。

 残念ながら現在PASMOは新規発行休止中で、再開は9月の予定だそうです。一応、念のため。

 それでは、また次回。

Vol.63「また徐々に」

 正月以来、実に久しぶりのコラムです。皆さんお元気でしたか。ずっとサボっててすみません。その間にもアクセスを重ねていただいた皆さんに感謝します。

 『FROM STAFF』で秘書が綴ってきたように、私はかなり忙しくしておりました。現在までの今年のお仕事を以下まとめると、まずは鈴木雅之さんとくんのアルバムの制作。他にも数組のプロデュースを手がけたのですが、まあそれはおいおい発表していくとして。変わったところだと作詞のみで参加のエナメルブラザーズ(鈴木雅之+黒沢薫)。ふだんから仲良くお付き合いしている黒沢くんの作曲ナンバーに加え、オリジナル・ラヴの田島貴男さんの曲にも初めて詞を書きました。これは自信作ですよ。

 音楽制作以外だと、まずは毎週月曜深夜のJ-WAVE『THE UNIVERSE』。これは選曲に結構時間かかっちゃってます。他曜日ご担当の皆さんも例外なくそうらしいですけどね。何しろ構成台本も何にもない番組ですから、自分で準備をやるしかないのです。そこまで時間かけて用意した選曲が、本番では余談三昧ゆえに泣く泣くオンエアせずじまいということも。まあすぐに話が脱線しちゃう自分のせいなんですけどね。

 あとはコルネイユの日本デビューのお手伝いでしょうか。カナダ・モントリオールへの取材旅行を皮切りに、長文ライナーノーツ執筆、来日時の会食…気づけばこの春の多くの時間を割いていました。この機会にルワンダ、フランス、そしてカナダを結ぶ文化の太い線を学び直したのは大きな収穫となったように思います。

 執筆といえば、これも秘書がご報告済みなのですが、私がいつかはまとめなければと思いながら先延ばしにして10数年、結局は本人の逝去がその機会となってしまったジェームズ・ブラウンとの邂逅の記。『レコード・コレクターズ増刊 /JAMES BROWN』に寄稿しました。未読の方はどうかお手にとってみてください。

 アナウンスもないまま休載してから現在に至るまで、いろいろとお便りをいただきました。ありがたいことに再開要望のお声が最も多かったのですが、なかにはラジオのリスナーから前回のコラムの内容に対してのネガティブな反応もいくつかあり、絶縁状めいた内容のものさえありました。なるほど私にも反省すべき点が少なからずあるなあ、と。

 本コラムの読者の中には実にいろんな目的の方がたがいらっしゃいます。洋楽R&Bについて語る文章は読みたいが、私のつくる日本語ポップスに興味はない、というタイプ。その反対で、私のプロデュースするアーティストの情報を渇望しているが、洋楽R&Bの話にはまったく無関心、というタイプ。または、たんに息抜きとして肩のこらないコラムを読みたいだけというタイプ、などなど。

 なぜブログ形式にしないのか、という声も次第に増えてきました。写真充実の『THE UNIVERSE』の番組ブログを読んだ後にこのコラムに飛んでくると寂しく感じる、という方が多いようですね。なるほど。とはいえ、私は元来オールドスクールな活字愛読者なので、写真を多用して短い文章を随時、というブログ形式にはなかなか馴染めなくて。かなうならばウェブ上よりも冊子という形態で年に数回コラムを配布したいくらいなんですよ、本音をいえば。でも、こういう時代なので。賢明なる諸兄諸嬢よ、察してくだされ。今後は休載中に感じたことをふまえて、また徐々に執筆ペースを元に戻していくつもりです。どうかよろしくお付き合いください。

 それでは、また次回。

Vol.62「つながりたい」

 今年もどうかよろしくお付き合いください。

 ここ数年、年の初めは長いお休みをとって欧米で過ごすことが多かった私ですが、今年は三が日から鈴木雅之さんの新作レコーディングを始動させたので、正月気分は控えめでした。とはいえ、酒を酌み交わす機会は多かったですね。年末年始ですから、やはり。あと、4日に無事39歳の誕生日を迎えまして。憧れの40代まであと1年を切りました!

 年末はブルーノート東京に足繁く通いました。ジョニー・ギル公演には12月20日と25日の2回。20日は山下達郎さんと(この夜の話は吉岡正晴さんの日記で)、25日は久保田利伸さんと。そして26日と31日にはカウント・ベイシー・オーケストラ公演へ行きました。大晦日はベイシー好きの父親に付き合い家族全員で。行きつけの蕎麦屋で年越し蕎麦を食べて暮れの挨拶を済ませ、その1時間後にはビッグバンド・ジャズを聴きながらピノ・ノアールを楽しむ。東京の年末。ま、こんな生活を続けたせいで、その後体調を崩してしばらく風邪に苦しみましたけれど。それでもお釣りがくる音楽生活ではありました。

 暮れの1週間に酒量が増えたのは、年末という理由からだけではありません。既報の通り、12月25日にジェームズ・ブラウン(JB)が亡くなったのです。

 JBはクインシー・ジョーンズとならび私の音楽人生に最も大きな影響を与えた人です。24歳の時に初めて会ってお話しして以来、彼はずっと私の胸にいます。このことは、80年代から長年にわたって拙文をご愛読くださっている皆さん、もしくは1月8日の『The Universe』をお聴きになった方ならばご理解いただけることと信じています。

 JB急死。この悲しい報せを私はジムのテレビから流れる夕方のニュースで知りました。あやうくバーベルを落として大怪我するところでしたよ。その夜は久保田利伸さんと待ち合わせてジョニー・ギル公演に行く予定で。これは連絡しなきゃと思ってロッカールームに携帯電話を取りに行くと、すでに彼からの着信が。かけ直した電話のなかで私たちは思い出しました。1995年6月30日にフィリス・ハイマンがニューヨークで自死した時も、共にNYにいた二人は会う予定を控えていたということを。長話ならこの後会っていくらでもできるというのに、久保田さんと私は互いに饒舌になっていました。そして、しばしの沈黙。ようやく電話を切りました。

 もうひとりのJB愛好家、山下達郎さんともすぐに留守電とメールのやりとりを。おそらく日本中の、いや世界中のJBファンの間でこんなコミュニケーションが飛び交っていたのでしょう。喪失感を埋めたい時、人は「つながり」を確認したくなるものです。

 ジョニー・ギルはライブのMCではJBについて一切触れませんでした。終演後に久保田さんと私は楽屋を訪ねて旧交を温めました。久保田さんにとっても私にとっても久々の再会。思い出話に興じた後、久保田さんがさり気なくJBの話を切り出します。「JBのこと、知ってるよね?」「ああ、開演の少し前に聞いたよ…。」やはり理由あって黙していたのでした。私たちは頷き、この件に関してはそれ以上語りませんでした。

 ところで前回のコラムで予告した通り、12月25日の『The Universe』はその達郎さんをゲストにお迎えしての歳末放談でした。収録は数日前に済ませていたので、JBの訃報には対応できませんでした。よりによって「2006年に没したソウルの偉人たち」の話までしたというのに。何たる皮肉。達郎さんは日本屈指のJBのレコード・コレクターです。もし生放送だったら番組内容はJB一色(その色は黒!)になったことでしょう…果たしてそれがリスナーの皆さんにとって歓迎すべきものだったかどうかは判断つきかねますけど。後日、達郎さんとはJB死去と番組放送日との奇妙な巡り合わせについて語ったものです。

 運の悪いことには12月25日時点で次週1月1日分の番組も収録を終えていたのです。当然JBには言及できずじまい。流石にこれは当日までに録り直そうかと私も悩みました。しかし元日の放送でJB逝去の話に終始するのは相応しくないと判断し、川口大輔さんとの新春バージョンをそのままオンエアした次第です。何より、JBが消えたことに冷静に対応するには早すぎました。晩年の宇野千代さんの有名な言葉に倣って言えば「最近、JBは死なないような気がしていました」ので。

 偶然にも1933年生まれのJB(1928年説あり)と私の父親は同い年なんですよ。ちなみにクインシー・ジョーンズも。だからなのかどうか、年末年始に父親と何気ない話をしている最中にふとJBを思い出したりするのです。これには困りました。新年第1回目の収録となった『The Universe』1月8日分の放送でやっとJBについての想いを話すことができ、ようやく年が明けたような気がしたものです。

 JBについて語る時機が遅れたせいでしょうか、このところJ-WAVEや本ホームページへ届くメールの中に『The Universe』は生放送か収録なのかについてのお問い合わせの声がにわかに多くなっています。あのねえ…私は『The Universe』DJ陣の中でどうやら最年少のようですが、それでもこのトシで午前3時からの生放送は無理ですってば。本職は別にあるし。「ナマ」幻想抱かせていたならゴメンナサイ。ただ、この件については早々に昨年11月の本コラムで思うことを述べていますので、念のため。今回の件でよくわかりましたが、ほとんどの番組リスナーって本コラムまではお読みにならないんですねえ。ま、仕方ないか。ブログ全盛の時代に思うところあって敷居高くしてますので。

 閑話休題、一般論として、放送中に「生放送でお届けしています」コールが入らない深夜ラジオ番組は収録モノだと判断していただければよいのではないでしょうか。ま、私も20年近くラジオに関わっていますから、番組の中では直接言及するような野暮はしませんけど。これも一般論ですが、ラジオ局がDJに「収録でお届けしています」コールを奨励するわけがありませんよねえ。

 寄せられた多くのメールを読んで痛感するのは、深夜には誰かと「つながっている」体感が欲しい方が沢山いらっしゃるのだなあ、ということです。孤独というほど大袈裟ではないにしても、どこか人寂しさを紛らわせたくてラジオをお聴きになる方が多いんですね。考えてみれば私が深夜にラジオを聴くのもそういう気分の時が多いかも。確かに、そういう時に「生放送でお届けしています」コールを聞くと「ああ、いま起きてる…生きてるのは自分だけじゃないんだ!」と妙に安心しますし。ラジオは「人の気配」を伝えるメディアとして有効だとも言えるでしょう。

 ラジオとの付き合い方は人それぞれです。私の場合、「ナマ感」を楽しみたいものはまず放送時に聴きますね。聴き逃したら潔く諦める。必ずしもリアルタイムで聴かなくてよいと自分が判断した収録モノは、こちらも録音で対応したりするし。テレビでもお目当てのスポーツ中継とドラマが同じ時間帯に重なると、生ではスポーツ中継の緊張感を優先してドラマは録画後にじっくり観ることが多いですが、ま、それと同じ理屈ですね。とはいっても、『The Universe』はあくまで27時~29時にひとりで起きているリスナーを想定してマイクに向かってますよ!と一応強調しておきます。発信者としてね。

 それでは、また次回。ここでつながりましょう。

(ジェームズ・ブラウンについては、今春ミュージック・マガジン社より刊行予定の追悼本にエッセイを寄稿する予定です)

 


James Brown『Universal James』(1992)
この頃に初めて拝顔の栄に浴しました。
USからC+C ミュージック・ファクトリー、
UKからソウルIIソウルがプロデュース参加したことが話題に。

Vol.61「近況とお知らせ」

 ちょうどひと月のご無沙汰でした。みなさん、お元気ですか?くんのセカンド・アルバム『Music in My Life』も無事リリースされ、ようやくひと安心…する暇もなく、激しく働いている年末の今日この頃であります。

 以下、近況とお知らせを、端的に。

 いまジョニー・ギルブルーノート東京で公演中です。私の周囲、とりわけ30代後半から40代のソウル愛好者の間ではこの話題でもちきり。首都圏在住の皆さん!まだ間に合いますよ。公演は来週月曜25日まで。私の鑑賞記は公演終了後に掲載しますね。

 問題プログラム、J-WAVE『The Universe』の本年最終回(25日27時~29時)は、山下達郎さんをゲストにお迎えしての歳末放談。2時間たっぷりとディープな選曲とユルいおしゃべりをお楽しみくださいな。学生さんも社会人さんも、今は「いつもは聴けないけど今なら聴ける」時期だったりします?ちなみに年明けの放送は元日27時から。

 そんな達郎さんの「クリスマス・イブ」をオープニングテーマにしたテレビ番組があります。この時期の日本テレビ系の看板プログラムになりつつある『HAPPY Xmas SHOW!』(24日21時~22時54分)。豪華な出演者の顔ぶれは特設ページを確認していただきましょう。今年は初めて私も番組に関わらせていただきました。鈴木雅之さん、Skoop On Somebody、そしてもうひとり意外な女性アーティストが共演するコーナーの音楽プロデュースです。地上波デジタルの音声特性を最大限活かした作りになっていますので、できれば5.1チャンネルでお楽しみいただけると嬉しいです。あと、この番組のテーマソングで初披露となる竹内まりやさんの新曲「クリスマスは一緒に」が最高ですよ。達郎さんの「あまく危険な香り」が好きな人にはたまらないかも。

 さて、今週から全国TBS系で始まったドラマ『結婚式へ行こう!』(月~金 13時~13時半)の主題歌「ふたりでいいじゃない」のプロデュースを手がけました。鈴木雅之さんと島谷ひとみさんのデュエット新定番(希望)。島谷さんは今年の夏に仲間由紀恵さんから紹介してもらいました。久保田利伸さんのコンサートの楽屋でした。私がずっとお仕事してみたかった女性なので今回の再会は嬉しいかぎり。予想を上回る歌のうまさに感激しました。言うまでもなく、美しい人ですしね。

 歌詞はまず私が書いたデモ詞をもとに、人気脚本家の秦建日子さんと二人でスタジオにプチ缶詰め状態でフィニッシング・タッチを入れました。同世代の秦さんとの共同作業は実に楽しかったな。互いの恋愛観、女性観を吐露しあったりして。作編曲はゴスペラーズのファミリー的存在の宇佐美秀文さん。来年1月24日にリリースされます。

 それでは、また次回。よいクリスマスを!

 


Johnny Gill『Johnny Gill』(1983)
66年生まれのジョニーが16歳で吹き込んだデビュー・アルバム。
ライブじゃ1曲も演ってくれませんでしたが。

Vol.60「5周年」

 最近の朝晩は寒うございますなぁ…と、今回は博多の商人風に言ってみました。

 先週、実に久しぶりにコラムを更新したところ、結構な数の反応をいただきました。ブログ全盛の昨今、時代の流れに逆行するオールドファッションドな形式の当コラム。何しろ更新分にたどり着くまで3回くらいクリックしなければならないわけで。ま、その「振り分け」が私の狙いなんですけど。このホームページを会員制とか課金制にするつもりは毛頭ありませんが、浮動票的読者を求めていないことも事実なので。そんな臍曲がりなスタンスをご理解してくださる方がたが少なくないというのは嬉しいことであり、また励みにもなりますね。いやあ、世界は広いや。狭いや。

 本日、CHEMISTRYの初めてのベスト・アルバム『ALL THE BEST』が発売されます。「PIECES OF A DREAM」で2001年春にデビューした彼らにとって今年は5周年。関連のイベントやキャンペーンがずっと展開されてきたわけですが、『ALL THE BEST』こそはそのクライマックス。商品の詳細についてはWHAT’S NEWにお目通し願うとして、このリリースは私にとって何とも感慨深い出来事となりました。

 というのも、2003年6月リリースのサマー・プレミアム・アルバム『Between the Lines』を最後に彼らの仕事から離れて久しい私が、このアルバムで実に3年半ぶりにプロデュースに復帰したからです。その曲「Top of the World」は既発シングル集という位置づけの『ALL THE BEST』にあって唯一の未発表曲として収録されています。制作中は彼らとの仕事でしか得られない感触に身震いを覚えました。これは是非聴いていただきたいなあ。私にとってのこの5年間は「ケミストリーの」という枕詞を冠して語られる日々でもありましたから。それが嫌だったとは言わないけれども、なかなか素直に受けとめられない自分もいました。

 話かわって。真夏の密室でクリスマスソングを作ることが普通とされる音楽制作業ではありますが、この時期になると雑誌への寄稿や放送番組の収録も超先行ペースが求められ、そのことに若干の戸惑いも覚えます。もともとライター業やラジオの仕事のほうが長いのに、この慣習にはずっと慣れません。これはもう気質の問題なので仕方ない。だから自然と音楽制作の比重が増えていったのかしら。J-WAVE『The Universe』もその点が歯痒くて。収録時点での自分の情報量と感性に従順なおしゃべりが、オンエア時には若干の温度差を生んでしまうのは否めません。賢明なるリスナー諸氏諸嬢におかれましてはその点ご考慮いただければ幸いナリ。

 それでは、また次回。

 


CHEMISTRY『ALL THE BEST』
ファンの皆さんの5年間のご支援に感謝。
そして、川畑くん、堂珍くん、おめでとう。やったね!

Vol.59 「いろいろあるよ、いろいろね」

 ほぼ2ヶ月ぶりのご無沙汰です。さすがにこれがロンゲスト・ヤード、じゃなかったロンゲスト・インターバルですね。失礼しました。少し思うところあって執筆をお休みしていました。その間の仕事状況については弊社秘書がお知らせしている通りですが、まあ激しく働いてはいます。あ、そういえば今日はJUNEくんのデビュー日です。どうかひとつよろしく。この子の才能、凄いですから。

 確か前回のコラムでは8月のヨーロッパ周遊のご報告を予告していたのですが、これは機会を逸しましたね、さすがに。実は9月にもニューヨークを旅していました。で、悲願の生バーブラ・ストライザンド体験を果たしました。マディソン・スクエア・ガーデンでのコンサート。隣席はキッスジーン・シモンズ翁でした。ま、余談です。当地では『ジャージー・ボーイズ』等の人気ミュージカルも観賞。遅ればせながらの『ヘアスプレー』にはあら懐かしやテビン・キャンベルの姿が。 

 ま、こういった諸々は先月から始めたJ-WAVE『The Universe』でお話していることですが。カバーしていないエリアの方々、ごめんなさいね。ま、東京でも聴いてる方はそんなにいない番組ですけど。午前3時から5時までの解放区。じゃないとレギュラー番組なんて受けませんって。今のラジオを取り巻く状況には要らぬ規制が多すぎる。『The Universe』は存在自体が奇跡ですな。

 今日久しぶりにペンを執ったのは、私にとって大切なシンガーがまたひとり世を去ったから。ジェラルド・リバートが11月10日にオハイオ州クリーブランドの自宅で息を引き取りました。40歳。死因は心臓発作です。彼は1966年7月13日生まれ。日本的な尺度でいえばR&Bスクールの私の一学年先輩。そういえば彼のレパートリーに”School Me”という曲がありました。ジェラルドの父親はオージェイズのエディ・リバートですが、64歳の彼はまだ元気なのに。そういえばジェラルドはルーサー・バンドロスパティ・ラベルと仲が良いことでも有名でした。62歳のパティは昨年のルーサーに続き今年はジェラルドという年少の友人の葬儀でもレクイエムを歌うことになってしまいました。

 このコラムの読者の皆さんならご存じの方も多いかと思いますが、グループLEVERT名義、ソロ名義、またキース・スウェットとジョニー・ギルとのユニットLSG名義、そのすべての日本盤ライナーノーツの執筆を私は手がけています。特に活動初期は。20代だった私は、彼について認知が十分でなかった当時の日本のレコード会社ご担当を相手に何度も熱弁をふるったものです。結果、日本盤発売や電話インタビューも実現しましたが、それでも彼の名前が日本で浸透することはなかった。悔やまれます。12月に来日するジョニー・ギルはステージで何を語ってくれるでしょうか。

 さて、今回のコラムのタイトルは90年代初頭に何度目かのブームを起こした植木等さんのコンサート名です。今になってその言葉が沁みるなあ。これ、放送作家の河野洋さん作のはず。河野さんといえば私にゴルフを教えてくれた方です。韮山の別荘に泊めていただいて。その後、続けてませんが。シーマセン。ところで当時創刊間もない『東京ウォーカー』で植木さんのインタビュー記事を書いた記憶があるのですが。その掲載号をお持ちの方いらっしゃいませんか。どうかご一報を。謝礼差し上げます。

 それでは、また次回。

 


Gerald Levert & Eddie Levert Sr.『Father & Son』
これが一番のお気に入りというわけでもないのですが。
あちら側に行っても大好きなお父さんの写真があれば寂しくなかろうと。

Vol.58「今週いっぱい」

 ずいぶんとゴブサタしちゃってゴメンナサイ。秘書のコメントにもあるように、猛烈に働いております。ここ数年で一番の仕事量かもしれません。それも濃密な。秋以降の作品リリースにご期待ください!

 さて今日はみなさんに急ぎのお知らせがあってペンを執りました。
 いま有楽町のコットンクラブケニー・ラティモア&シャンテ・ムーア夫妻が公演中です(9月24日まで)。私は火曜日二部に行ってきたのですが、これがもう最高のソウル・ショウで。私はコットンクラブのめぼしいライブは結構観ていますが、間違いなくこれまでのベストのショウでした。それも突出したレベルで、ベスト。
 それなのに。空席が目立ちました。これは、悲しい。しかもよりによって最前列中央の男性客はずーっと居眠りしてましたよ。あれ、不快でした。
 心あるソウル・ミュージック・ラバーたちよ!今夜にでも行くべし!観るべし! 

 以下、余話として。
 実は数年前にもこの夫婦デュオの素晴らしいライブを海外某所で観ているのです。しかし現在の円熟味はその時の良い記憶を凌駕するもの。ですから私にはデュオの成育過程を見ているような面白さがありました。
 ケニー・ラティモアはデビュー直後にNYのビレッジ地区某所で行ったライブを観て以来、もう4回目くらいかな。現在が最高と断言しましょう。そうそう、今思い出しましたけど、8、9年前にニューオーリンズのホテルで偶然居合わせて歓談したことがありました。マネキンというグループでデビューするためにワシントンD.C.のハワード大学(ダニー・ハサウェイやロバータ・フラック、P・ディディ等を輩出した名門黒人大学)を中退したことを悔やんでましたっけ。でも最近になって同大から学士号を授与されたとか。アメリカらしい話ではあります。
 シャンテ・ムーアを観るのは3回目ですが、彼女はもう、毎回安定して素晴らしい。「Straight Up」(今年韓国のイ・ヒョリがカバーしましたナ)を出した頃に、私のラジオ番組に遊びに来ましたが、その時も淡々と、しかし笑顔を絶やさずにオトナのおしゃべりを聞かせてくれました。確か私と同い年なんですよ、シャンテ(本人発音だと、シャンテイ)。素でしゃべって楽しかったという意味では、エイドリアナ・エバンズ、ミキ・ハワードそしてシャンテイ・サベージと過ごした時間と同じくらい良い印象があります。

 8月の渡欧時のご報告は次回以降に。予告としてはロンドンで観たマイケル・ジャクソン楽曲全面使用ミュージカル『Thriller』、アレクサンダー・オニールとの8年ぶりの再会、ノッティングヒル・カーニバル、初めての『エルブリ』訪問、などなど。

 それでは、また次回。

 


Kenny Lattimore & Chante Moore『Uncovered/Covered』
デュオ2作目は2枚組!日本盤は11月8日発売。

Vol.57「過去原稿再録:『25ans』(2001年8月号)CULTURE SUPPLEMENTSより」

 海外旅行シーズンですね。僕も仕事柄、海外へ行くことが多いのですが、迷いがちなのが自分のための旅みやげです。友人や知人へのみやげはそこまで迷わないのですが、「マイみやげ」となると目的が違うので。何度旅しても、いや何度も同じ場所を訪ねるからこそ、その都度そこで自分が呼吸していた証が欲しいものです。いわば、日記がわりの旅みやげ。最近僕のマイみやげの定番は、ご当地で編まれたコンピレーションCDです。コンピレーションとは複数のアーティストの作品がひとつのパッケージに収められた商品のことで、日本でも最近はヒーリング系のコンピレーション・アルバムが大きなセールスを挙げていますね。

 コンピレーション先進国といえばイギリス。大型CDショップでは入口そばで大きなスペースをとって販売されていて、特にダンス~R&B系アルバムの充実ぶりには目を見張るものがあります。まめにアップデイトされるウェブサイトのように、日本では考えられない短いインターバルで新作が次々にリリースされるのです。僕もロンドン出張の際、いつもクラブに遊びに行く時間が確保できるわけではないので、仕事の合間に買ったコンピレーション最新盤を聴きながら早朝の街を散策したり、ホテルのバスルームで寛ぐのが楽しみのひとつになっています。

 イギリスでコンピレーション市場が活況を呈しているのには理由があります。アーティストの所属レーベル(レコード会社)の枠をなかなか超えられない日本と違って、かの国ではレーベル間での音源の貸し出しも立派なビジネスとみなされているのです。シングルCD市場が成熟している日本では、リリースされたばかりのシングルがコンピレーション、ましてや他社のアルバムに収録されることなどまずあり得ませんが、「シングルはプロモーションツール、ビジネスはアルバムで」という発想が強いイギリスではこれが成立してしまうというわけです。

 まあ仕組みはともかく、短い滞在を強いられるツーリストにとって、手早く旅先の音のトレンドを押さえられるのは嬉しいかぎり。ジャケットもお洒落、値段もお手頃ですし。それぞれ2枚組ですが、いずれも市場価格は3千円程度でした。今東京で聴いても滞在時の空気が甦ってきます。トレンドに敏感なあなたにも、格好のマイみやげとなるでしょう。共に日本でも大型輸入盤店で入手できます。ご参考までに。

※ 今週は松尾潔多忙につき、書き下ろしコラムはお休みし、過去の原稿を再録いたしました。

 
左『Twice as Nice』
人気DJふたりによる2枚組コンピレーション。2ステップなどの新しいムーヴメントを生み出している、最新盤のUKガラージシーンも把握できる(輸入盤)
右『THE LICK PRESENTED BY TREVOR NELSON』
イギリスのブラック・ミュージック・シーン最重要人物のひとり、トレバー・ネルソンのひと味違うセレクション(輸入盤)

Vol.56「過去原稿再録:『ef』(2002年9月号)松尾潔的音楽旅日記より」

 7月、銀座の昼下がり。雨やどりのために立ち寄ったCDショップで『EL GUSTO ES NUESTRO』なるライブ盤に出会いました。このジャケットの顔ぶれには見覚えがあります。そう、あれは今から6年も昔、8月のことでした・・・・・・。

 その夏、僕は初めてのロンドン出張を前に気分が萎えていました。アメリカ黒人文化の信奉者だったがゆえに、渡米歴は数十回ながらヨーロッパの地を踏んだ経験は一度もなかったのです。ところが、いざ着いてみればロンドンの街は最高で。銃の所有が堅く禁じられていることが、これほどまでに旅行者をストレスから解き放ってくれるとは。この感覚は合衆国文化への懐疑心を生み出したと同時に、生来の放浪癖に火をつけました。どこかヨーロッパのビーチへ。そんな思いに囚われてしまったのです。

 1週間ほどのロンドン滞在予定も残すところあと1日となった朝、旅行代理店が軒を並べるボンド・ストリートへと出向きました。ロンドン発の安価なパッケージツアーを探すために。予備知識はありません。ただ明るい店構えを選んで入りました。

 中にはいかにも『ミスター・ビーン』に出てきそうな飾り気のない中年女性がひとり。神戸牛を思わせる堂々たる体躯はあくまでパソコンに向けたまま、こちらに職業的な笑顔を投げかけます。僕は安堵を覚え、カウンターの椅子に腰を下ろしました。安くて近いリゾートで、明日出発、1週間のパックはあります?この後会議があるので10分間で支払いまで済ませたいんだけど。僕のそんな性急な申し出に彼女は微苦笑を返し、これまた職業的な訓練を感じさせる素早い手つきでキーを打ちます。

 「あなたにぴったりの場所があるわ」そう言って教えてくれた場所はアルガルヴェ。単にABC順で筆頭なのでしょうが、寡聞の僕でさえ知っているポルトガルのリゾートです。いいなあ、それ…と言いかけた僕を彼女が遮ります。「あらごめんなさい。もう締め切ってるわ」

 じゃあ他は?もうどこでもいいんだから。そう急かす僕には一瞥もくれず、彼女が次に選んだのはアリカンテ。聞き慣れぬ地名です。なるほど、アルファベット順で2番目、なのでしょう。

 「ここならひとり分だけ空いているわ。出発は明日の朝5時半だけど、大丈夫?」もちろん。かくして僕は在店時間計7分で旅行クーポンを購入、店を後にしたのでした。

 翌日。空港に着陸した驚いたことには、ポルトガルと思い込んでいたアリカンテはスペインの都市なのでした。無知と先入観とのコラボレーションは見事功を奏したわけです。前夜ソーホーのディスカウント書店で買った分厚く重い英葡・葡英辞典は、1ページも開かれることなく空港のゴミ箱へと直行しました。

 バレンシア地方第2の都市であるアリカンテ。ラ・コスタ・ブランカ(白い海岸)と呼ばれるこのエリアは、優雅なリゾートとはとても呼べない下世話な観光地でした。トップレスのヨーロッパ女性も毎日目の当たりにすると眼福の意味を失います。浮き足立った気分が落ち着きに変わり、ようやく冷静を取り戻した頃にはロンドンへもどる時が来てしまいました。ついにアジア系の観光客に邂逅せぬま1週間は過ぎました。

 ある夜、地元の闘牛場に人が連なっていました。どうやら観光客ではなく地元の住民が大半を占めている模様。これが夜の闘牛見物かと。列にまぎれて当日券を入手し、何とか入場することができました。はたして、僕が闘牛と思っていたそのイベントは、スペインを代表する女性シンガー、アナ・ベレンと彼女を慕う男性シンガー3人のジョイントコンサートでした。

 冒頭でふれたアルバムは、そのツアーの実況録音盤です。もっとも、6年前の僕には、2002年の銀座であの顔ぶれに再会できるなんてとても想像できませんでしたが。CDになった音を聴き、今になってあの場所に流れていた時間が豊かなものであったことを強く感じるのです。

※ 今週は松尾潔多忙につき、書き下ろしコラムはお休みし、過去の原稿を再録いたしました。

 


女性シンガー、アナ・ベレンを中心としたスペインの人気歌手4名が’96年の8月から9月にかけて行ったジョイント・ツアーのライブ盤。豊かな声、成熟した色気を堪能。

Vol.55「左平目に右鰈」

 今朝はちょっと仕上げなければいけない書き物がありまして、早起きして6時台には仕事場の机に向かっておりました。机上のテレビを無音のままつけっ放しにして。
 皆さんもご存じでしょうが、この時間帯の地上波放送というのはほとんどニュース番組です。今日の「ニュースの主役」は、昭和天皇、ジダン、欽ちゃん。この3名ですな。
 以上、ライブ感を出すために書いてみました。

 で、そのまま時間は8時台へ。それまで流していたTBSのみのもんた翁にも疲れが見え始めてきたかなという頃、何気なくチャンネルをザッピング。すると驚きました。フジテレビになぜかクリッシー・ハインドの大写しが。なんと『とくダネ!』のいつものオープニングテーマ「Don’t Get Me Wrong」をプリテンダーズが素敵に生演奏(の動きを)しているではないの!お台場のフジのスタジオで。
 ときどきインサートされる小倉智昭翁、カメラを意識してなぜかドラムを叩く真似を。朝からアシッド感覚だなコレは。一気に徒労感をおぼえる私。
 演奏後の話によれば、プリテンダーズは『UDO MUSIC FESTIVAL 2006』に出演するんですね。小生寡聞にして知らず。富士スピードウェイに行きたくなっちゃったな。ところで、クリッシー・ハインドは音楽ライターからロック・ミュージシャンに転進した変り種。その点に小倉さんが妙にこだわっている点が興味深かったです。その執拗な質問責めをさらりとかわすクリッシー姐さんがクール。ロンドンに行きたくなっちゃったな。

 さて、今までここでは触れませんでしたが、7月1日にルーサー・バンドロス追悼イベント(吉岡正晴さん主催)に出演しました。その時の話。
 私と同じくゲスト・スピーカーとして出演された画家・デザイナーの岡伸昭さんが、ルーサーの86年作品『Give Me The Reason』は「低予算ジャケットの類型的な構図」と看破されていました。そういう視点であまり考えたことはなかったけれど、考えてみればマイケル某のアレだって、音が超ゴージャスなわりにはジャケットのアートワークはチープといえばチープ。R&Bのジャケットには「人物写して一丁あがり!」という作品が多いかもね。80年代まではけっしてメジャーの売れ筋じゃありませんでしたからね。
 でも、そんな「規定演技感」ってキライじゃないなあ。というわけで、下にそれ系の人魚姫ポーズを思いつくままに集めてみました。人魚姫にも左翼と右翼がいるね。
 学生時代、口の悪い友人から「黒人ってよう、みんな似たような顔して似たような曲歌いやがって」と言われるたびにムキになって反論していたものですが、20年の時間を経て、「そうかもね」と肯定する気持ちも目覚めてきた、そんな7月の朝8時半。

 それでは、また来週(かもね)。

 

  

  

  
上段左から順に
George Benson『In Your Eyes』(1978)
Frederick Knight『Knight Time』(1981)
Michael Jackson『Thriller』(1982)
Luther Vandross『Give Me The Reason』(1986)
Donna Allen 『Heaven On Earth』(1988)
Freddie Jackson『Do Me Again』(1990)
Glenn Jones『Here I Go Again』(1992)
Ray Parker Jr.『Greatest Hits』(1993)
ボブ・サップ『SAPP Time!』(2003)

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