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松尾潔公式サイト~Never Too Much Productions~ コラム

Vol.24「凡夫の悲しさ」

 先週はどうしても更新できませんでした。
 拙コラムを楽しみにしていただいている皆さんにはたいへん申し訳ないです。連載スタート以来、どんなに遅れても週一の入稿は何とか怠らずにきたのですが、先週ばかりはどうしても入稿できませんでした。理由はレコーディング・スケジュール等の物理的状況ではありません。私の人生を決定づけたひとりの男性が逝去したのです。

 ご存じのように、ルーサー・バンドロスが7月1日に亡くなりました。

 これまで特に説明することもありませんでしたが、私が代表を務める事務所の名前は彼の81年のソロ・デビュー・シングルのタイトルに由来しています。初対面の方に名刺を差し出した時、この事務所名にすぐ反応してお声をかけて下さることがあります。国内だと20人にお会いして1人の割合でしょうか。米英のR&B業界の方なら、まず十中八九。そんな時、私は不覚にもビジネスマインドを失してしまいます。好きなことを生業にしてしまった者特有の甘さなのかな。駄目だな、私は。

 ルーサー逝く。この重すぎる現実にどう対峙すればよいのか。心の整理つかず、数日が過ぎました。本コラムにその想いと思い出を綴ろうと思いあぐねてまた数日。書いては読み直し、自分の文章力のなさに嫌悪すること数日。それでも書いては、消去。書いては、消去。結局今日に至りました。

 彼の死後、久保田利伸さん、和田昌哉さん、川口大輔さんといったシンガーの方がた、それに私の元マネージャー・渡辺祐さんからも弔いの言葉をいただきました。「ご親戚でもないでしょうが」と気遣ってくださったのがありがたかった。

 山下達郎さんは、メル・テイラー(ベンチャーズのドラマー)が1996年に亡くなった時にご自身が抱かれた感慨がちょうど今の私と同じようだった、と。当時達郎さんが雑誌「CUT」に連載されていた音楽コラムのメル・テイラー追悼文は、確かに今の私の心情を言い表しているような気がしてなりません。その書き出しは以下のようなものでした。

「形あるものは必ずいつか失われる時が来る。などと、頭ではわかっているつもりでも、凡夫の悲しさ、いざとなると動揺を隠せない。」

 終生日本の地を踏むことがなかったルーサーのステージを、私は幸運にも5回ほど観ています。それのみならず、終演後の楽屋を訪ねたり、宿泊先のホテルを訪ねて長時間インタビューした経験もあります。そのことを知るファンの方がたから、本連載でその話を書いて欲しいとのご要望をいただいているのですが…ごめんなさい。その時期が来るのを待っていただけませんか。

 いま私の手元には、彼とのツーショットのポラロイド写真があります。
 彼のまるい笑顔は永遠のものです。その歌声もまた。

 それでは、また来週。

 

Nelson George『Buppies, B-Boys, Baps & Bohos』
(1993年。2001年に増補版が刊行)
ルーサーについてのコラムを収録。最も優れた短評のひとつ

Vol.23「作詞といえば」

 金曜日更新が軽く定着しつつある本コラムですが…ご愛読、感謝です。

 早いものでもう7月。相変わらず慌しい日々です。ここで今すべてをお話しすることはかなわないのですが、実にいろんな方がたとお会いしていますよ。アイボリーブラザーズと7ヶ月ぶりにスタジオ入りしたり、某人気グループのメンバーのソロ作のお手伝いをしたり。久しぶりの韓国にも行きました。

 松尾潔としては久々となる、作詞のみのお仕事も進行中です。プロデュースワークの一貫としてノークレジットのまま作詞に関わることがほとんどの私にとって、作詞のみのご依頼というのは実は数えるほどしかありません。昨年の椿さんとTakeくん(Skoop On Somebody)のデュエット「ヒカリ」以来でしょうか。あの時はプロデューサーのFace 2 fAKEとTakeくんから受けたご指名でした。

 作詞といえば、思い出ぶかいのは久保田利伸さんの2002年のアルバム『United Flow』に2曲(「DO ME BABY」「MOONSTRUCK」)提供したことでしょうか。プロデューサーは当然久保田さんご本人です。普段の自分に付いてまわるプロデュースの責任(呪縛?)から解放され、明確な理由と共にディレクションを受けるのは新鮮な気分で楽しいものです。作詞家としてアーティストに向かい合うことが楽しい、という面も当然あります。

 私にとって作詞家への発注作業は作詞の実作業以上に神経を使うものです。また、そうでなければならないと考えています。

 以前に某アーティストAをプロデュースした時のこと。まずは人気作曲家B氏に曲を書き下ろしてもらいました。これがもう素晴らしかった。その世界観に何のバイアスもかけずにただスケール感だけを増幅したいと考えた私は、B氏自身の推薦もあり、B氏と組むことの多い新進作詞家C氏に詞を発注することにしました。

 私が面識のないC氏にまずはお会いしようとしたのですが、あいにく遠く離れた地方都市在住とのこと。ならばせめて電話で打ち合わせを、と思ってC氏のマネージャーにそう伝えたところ「Cはアーティストともプロデューサーとも会わずに電話も使わずにイメージを作り上げていく主義です」との返答が。不自然さは感じたものの、なるほどそういう考え方もあるかと自分に言い聞かせました。「B氏さえCに一度も会ったことがないのです」というマネージャー氏の言葉には妙な説得力がありました。結局私はC氏の意向に従い、メールのやりとりのみでディレクションを与えていくことになりました。

 結果できあがったものはなかなか完成度の高い詞でした。スタッフの評判も上々です。ただAがどこか晴れない表情をしていたのが気にかかったのですが、とにかくデモを録ることに。いざ聴いてみると、メロディと詞、声と詞の双方のマッチングもよい。これは完璧だと確信を得た私はAにその旨を述べました。するとAはやや思いつめた表情でこう言うのです。「確かにこの詞は最高かもしれません。私も好きなタイプです。ただ、ある箇所が私が学生の頃から好きな人気グループDのある曲に酷似しているのがどうしても気にかかるのです。今まで言い出せずにいたのですが、いざマイクに向かってみるとこのソックリ具合にはやっぱり抵抗を感じるのです。気にしすぎかもしれませんが…」

 寡聞にしてDの曲をよく知らなかった私は、その曲を用意して恐る恐るAの新曲と聴き比べてみました。「気にしすぎ」ではなく、明らかにこの2曲は酷似していました。口の悪いスタッフは半ばヤケ気味に「Cさんアッパレ!」とさえ言います。確かに、聴く人によっては単にストレートな「引用」と感じるかもしれません。それほどの高い酷似度でした。私とスタッフ、全員一致でその歌詞をNGにしたことは言うまでもありません。C氏に大きな信頼と期待を寄せていただけに、私たちの失望も大きかった。

 その決断を例によってC氏にメールで伝えたところ、すぐに返事がメールで届きました。そこには、洋楽好きのC氏はDを聴いたことがなかったこと、私に指摘されて初めて買って聴いてみたが、なるほど似ているかもしれないと感じたこと、もちろん悪意はないのだが、今回はご迷惑をかけてすまなかった…こんな内容が綴られていました。追ってマネージャー氏からも丁重なお詫びの言葉をいただきました。

 このことで得た教訓は2つあります。まず、「作詞家・作曲家とはまずは会うべし」ということ。それだけチェックの機会が増えますし、顔を見合わせてのコミュニケーションはある種の抑止力として機能します。もうひとつは「J-POPをたくさん聴いて損はなし」という教訓。盗用するためではなく、無意識の引用を避けるために。この場合はアーティスト本人の指摘によって難を逃れることができましたが、本来その指摘は私やスタッフから出て然るべきもの。「オレ、洋楽しか聴いてこなかったんで」と、どこか自慢ぶって話すスタッフに会うことがありますが、個人的な音楽生活という趣味の次元で語るならともかく、J-POPを制作することを生業にした以上、そんな発言は職業態度として褒められたものではないでしょう。イイ歳しての無知ほど罪なものはない。自戒の意を込めて。

 で、結局その曲の行方はどうなったかって?
 私の命を受けた小山内舞がまったく新たな歌詞を書いて何とか形になりました。
 そしてC氏……今でもよくB氏とコンビで作品を世に送りだしています。

 それでは、また来週。

 

久保田利伸『United Flow』(2002年)

Vol.22「過去原稿再録:『学食巡礼』早稲田大学(本部キャンパス)編」

 学食は社会の縮図だと人は言う。食文化は民族文化の最たるものだとも言う。ならば学生食堂、所謂「学食」は未来の青写真か。

 大学生の学食離れが語られている。’00年11月16日の朝日新聞夕刊が伝えるところによると、大正時代に開業した立教大学の第一食堂の利用者は15年前に比べて3分の1以下にまで減っている。全国大学生活協同組合連合組合によれば、学食離れは全国的な現象らしい。

 その理由として挙げられるのは、混雑を嫌う現代若者気質や、携帯電話代捻出のための外食費削除などである。これはゆゆしき問題だ。かくなる理由で学食を避ける学生たちとわれわれは未来を共生していけるのか。そんな危惧が私を学食巡りへと駆りたてた。

 隗より始めよ。まず向かったのは母校早稲田大学の「大隈ガーデンハウスカフェテリア」である。約10年前に鳴り物入りで登場した学食色希薄な学食。完成当時、私は年かさのいった勤労学生だったが、利用キャンパスが違ったせいもあり実態をよく知らない。卒業後所用で大学に行った際に一度だけ利用しようとした記憶があるが、満員ゆえ入るのはあきらめた。

 訪れたのはある平日の午後1時すぎ。確か1000人ほど収容可能なはずだが、利用者はその半分にも満たない。これ、学食じゃなきゃとっくにつぶれてるよ。いや、学食でも大丈夫か。心配せずにはいられない。ある程度の予想と覚悟はしていたのだが、実際にその様子を目の当たりにすると寂寥の感は禁じえない。その直前に近くのコンビニに学生が溢れていたのを見たのもその気分を後押しする。

 カフェテリア2階と3階の吹き抜け状ツーフロアからなる。後輩より名物と聞きし大隈ランチ480円也を注文、2階席につく。野郎どもが雑誌に興じるさまは昔日の光景そのもの。身を投げ出すようにして惰眠をむさぼる学生の姿も昔のままだ。ただその数があまりに少ないのが異なる点だ。

 大隈ランチのボリュームは圧倒的だ。カレーライスにコロッケ、ハンバーグが大きな一皿に盛られている。まあハンバーグといってもイシイ的なヤツですが。それでも30代の腹には収まらず、7割がた食べたところであとは残した。

 食器返却口までトレイを運んだところで「私も一言カード」掲示板に目がとまる。そこは「3階の女性従業員のマニキュアのせいで食欲がなくなった」だの「松屋が通常400円を290円に値引きしてるこのご時世において、依然400円台で牛丼を販売するこのカフェテリアの姿勢を問う!」だの学生の言いたい放題の場と化していた。よく言えば反骨精神の発露、悪く言えばただの悪態三昧。

 昼間からテーブルで眠りこけといて、何をエラそうに。湧きあがる怒りを持てあましながら学食スタッフの回答欄に目を進める。そこには「厳重に注意します」「努力はしますが牛丼専門店ではありませんので」といった誠実かつクールな文章が淡々と綴られていた。

*今週は松尾潔多忙につき、書き下ろしコラムはお休みし、過去の原稿を再録いたしました。
 松尾潔著『学食巡礼』(扶桑社・2002年)より。
 初出は『週刊SPA!』2000年12月6日号。同名連載コラムの第1回でした。


いまだに「読んでますよ『SPA!』の学食連載!」と言われます。
連載終了後に単行本化されて、もう丸3年経ったんですが。
ま、今読んだほうが面白いかも、と言っておきますけどね。

Vol.21「あるセブン・デイズ~その2~」

 今回もまた更新が遅れてしまいました。シーマセン。毎週水曜日「頃」更新、と銘打っているのでひとつ大目に見ていただきたいですな。

 秘書には「いっそのこと金曜日更新と言い切ったらどうでしょう」と提案されたのですが、自分の性格上、いったんそう言っちゃうとリアル更新日は月曜あたりになってしまうような気がします。ん? ってことは、月曜日更新と言っちゃえば水曜日にはアップできるかな。そりゃ意味ないか。一週分消えちゃうな。

 結論。自分に甘いねえ、私は。

6月5日(日) 
 午前、東方神起のPV撮影に出かけたスタッフに電話を入れ、諸々の進行状況を確認。撮影順調なり、と。真昼、とスタジオ作業。日本では初お披露目となる彼の自作曲「Play Another One」をレコーディング。この曲は、最近進境著しい23歳のトラックメイカーの福山泰史(ふくやま・たいし)さんがKの歌声をイメージして作ったトラックにKがまず仮メロディーをのせ、それを受けた福山さんがメロディーを再構成、最後に私が概観して女性コーラスパートの場所や譜割り等を考えるという手順をとった。そりゃもうファンキーでしたよKくん。これまでファンの方がたが抱いているであろうイメージを心地よく裏切る歌いっぷり。まだまだ開けていない引き出しが沢山あることを痛感。

6月6日(月) 
 真昼、前日に引き続きKとスタジオ作業。彼がライブで好んで歌っているビル・ウィザーズの”Just the Two of Us”のカバー・バージョンをレコーディング。先週すでに録り終えていた彼のピアノ・パートもよかったが、ボーカルのレコーディングになるとやはりノリノリですなKくんは。午後、いったん中座し、某ベテラン・シンガーの新作について打ち合わせ。某大御所作曲家との久々のコラボレーションのプロデュースのオファーを受け、身が引き締まる思い。夕刻、原宿ブルー・ジェイ・ウェイにてアイボリーブラザーズのライブ鑑賞。終演後、楽屋裏でメンバーと談笑。久しぶりだったので1時間ほど話し込んでしまう。その後Kの待つスタジオへ戻る。

6月7日(火) 
 真昼、エイベックス本社にて東方神起と打ち合わせ。数週間にわたって続いたセカンドシングルのレコーディング最終日を翌日に控え、その心構えと今後について話す。数十分の予定が熱あまって1時間ほどオーバー。最後はメンバーとひとりずつハグして決意を確認する。その後、Kの新曲「Girlfriend」のトラックダウン(TD)。エンジニアはこの数年私が最も多くお仕事している川本ゴン太氏。進行を確認して場所を移し、原宿BJガールズの会議。メンバーの豊かな個性を伸ばすためにソロワークスを試みてはどうか、という話。まだインディーズというステージで活動しているため、私のイマジネーションのベクトルも自然と奔放の度合いを増す。ま、遠くない将来にメジャーデビューを狙ってはいるのだが。夕刻、秘書を伴って某和食屋へ。薬師丸ひろ子さんと会食。誕生日を2日後に控えた薬師丸さんとケーキを。彼女とは映画『レイクサイド・マーダーケース』でご一緒して以来のお付き合い。食、クルマ、映画…大いに語りあう。名残惜しけれど、TDの具合を確認するべくスタジオに戻る。と、そこへ深夜の珍客。山下達郎氏が私を訪ねてふらりとスタジオへいらっしゃったのだった。Kくんをご紹介した後、達郎さんもまじえてTD済み音源をチェック。今回も万全のゴン太さんクオリティ!その後はアレンジを手がけたMaestro-T、レコーディングディレクター二宮英樹の各氏もまじえての、実に楽しい音楽談義となった。よき夜。

6月8日(水) 
 午前より新人歌手minkのレコーディング作業。アレンジはMaestro-T、ギターに石成正人、トランペットに佐々木史郎の各氏、コーラスにAsato嬢。加えてブレンダ・ヴォーン女史も。いったん中座して某美形女性シンガーの新曲のアレンジ打ち合わせ。田中直さんと。先述の福山泰史さんと同じ23歳!彼もまた大きな才能の主です。その後、別スタジオで東方神起の超絶美メロ「言葉はいらない」レコーディング。今回はこれまでリードボーカルの出番に乏しかったユチョン(ミッキー)を最前線に抜擢した。これが大成功。東方神起との付き合いを深めていくにつれて、彼がなぜ本国韓国で破格の大人気を得ているのかがよく理解できるようになった。たたずまいやちょっとした所作のひとつひとつに、これまで彼が韓国や長い米国生活で見てきた景色が投影されるのだ。この日のユチョンはシャウト一発で恋愛の高揚と感傷を表現してくれた。青春の時をとうに過ぎてしまった私も聴いていて胸がヒリヒリ痛む。最高だ。よくやってくれたねミッキー。レコーディング終了後はスタジオにあるグランドピアノを囲んでユチョンやジェジュン(ヒーロー)の自作曲発表大会となる。夜、スーパーエンジニアD.O.I.氏主宰のダイモニオン・スタジオへ。Kや福山さんと合流。「Play Another One」のTD。いつもながらに完璧。歓談は深夜にまでおよぶ。

6月9日(木) 
 真昼、東方神起のスタッフ・ミーティング。次にレコーディングする曲について。午後からはこのところ木曜日の恒例となっている趣味の時間。夕刻よりジム。

6月10日(金)
 
 真昼、ソニースタジオにてKのシングル「Girlfriend」のマスタリング。エンジニアはかねてより懇意にしている茅根裕司氏。万全。終了後、アイボリーブラザーズのスタッフ・ミーティング。すべてが終わった21時、留守電覚悟で茅根さんのスタジオに電話を入れると、彼は週末の整頓作業でまだスタジオにいた! ならば呑むしかないでしょ。早速合流、いったん私の車で自宅まで。その後、某和食屋に場所を移し暴食痛飲。シャルドネの後の夏茗荷のお味噌汁。いや最高ですな。

6月11日(土)
 
 早朝よりデスクワークを午後まで。いったん仮眠後、ジムへ。再びデスクワーク。夜、東方神起「Somebody To Love」のアカペラ・バージョンのTD確認。エンジニアは荻野晋平氏。今回はO.G.Y.名義での参加となった。彼もまた若き大いなる才能の主である。タイチマスターの新作での仕事にも注目!その安定したスキルはとても20代には見えないが。美少年の残影がかろうじてその実年齢を語る。

 それでは、また来週。

Vol.20「ふたたび近況など」

 またまた更新が遅れてしまいました。ゴメンナサイ。更新が滞るたびに「お忙しいのですか?」という内容のメールが多数届きます。ありがたいやら、申し訳ないやら。

 今週は上半期の仕事のヤマ場を迎えておりまして、7月13日発売の東方神起のセカンド・シングル「Somebody To Love」の全レコーディング、7月27日発売のKのサード・シングル「Girlfriend」の全ミキシングが無事に終了いたしました。全員が10代の東方神起は初めての日本語タイトルの曲「言葉はいらない」に、また21歳のKは初めての自作曲「Play Another One」に挑戦しました。挑む心。屈せぬ心。若い彼らの勇気をまぶしく見つめる毎日です。それにしてもR&Bボーカルのレベルが高いな韓国は。

 先週土曜日に東方神起のユチョン(ミッキー)19歳の誕生日を迎えました。その日をスタジオで迎えた私たちは、作業をいったん中断してケーキを囲んでお祝いをしました。その時に最も強く感じたのは「ああ、昨日まで18歳だったんだ」という驚き。こうして文字にすると何ともマヌケな感想ですが、それほど濃厚な日々を過ごしていると思いますよ彼らは。

 その一方で、最近、キャリア20年を優に超す某男性アーティストのアルバム制作をお手伝いしてもいます。こちらもまぶしい。結局”the young”であることそれ自体よりも”the young at heart”という心の有り様にこそ意味があるのでしょう。

 さて、このところ制作日誌っぽくなっているこのコラムですが、以下、ちょいと海外のR&Bのお話を。というのも、呑み歩きの時間が確保できない最近のタイトなスケジュールゆえ、深夜や明け方に自宅でひとりお酒を呑みながら聴く音楽がかけがえのない楽しみになっているのです。

 最近の愛聴盤はモータウンの男性シンガーKEMの2枚目のアルバム『ALBUM II』と、マーカス・バレンタインの『Valentine’s Day』。前者は昨年ニューオーリンズで観て以来楽しみにしていた新譜です。いにしえのKC&ザ・サンシャイン・バンドの名曲”I Get Lifted”の新解釈が聴きもの。後者はアイルランドのダブリンを本拠とする男性シンガーによる手作りのソウル・ミュージック。夜に沁みます。もし興味のある方はマーカスさんのHPを覗いてみてください。自らのペンによるバイオグラフィーが読める他、『Valentine’s Day』にも収録されている”More 2 Life”のビデオをフルレングスで観ることができます。ダブリンとおぼしき街中でマーカスさんがえんえんと踊り続けるのですが、このダンスがちっともカッコよくないんだな。マヌケ美を好むR&B愛好者にはたまらない、もうたまらない。

 それでは、また来週。

 

 
マーカスさん、たぶん本物のアポロには行ったことないのでは…。

Vol.19「近況など」

 空気に含まれる湿り気がこの季節ならでは。もうすぐ梅雨ってことでしょうか。
 更新が遅れました。毎週水曜日を楽しみにしていただいている方々、ごめんなさい!

 このところプロデュースのお仕事が多忙を極めておりまして。理由は明白です。これまで基本的に私のプロデュースはアルバム・プロデュースを意味していたのですが、昨今の音楽をとりまく環境の変化を考え、最近では曲単位のお仕事も受けるようになったので、手がけるアーティストの数が一挙に増えたんですね。現在、7組のアーティストのプロデュースに加えてUS R&Bのコンピレーションの企画・監修を進めています。どれも納得してお受けしたプロジェクトばかりなので楽しくやっていますよ。

 その中でいま制作佳境なのが、東方神起の2ndシングルとKの3rdシングル。東方神起のジュンス(シア)とKは同じ高校出身なんですよ。もちろんジュンスが後輩ですけど。才能の生まれる場所、というのは確かにあるんでしょうねえ。

 曲にあわせていくつかのスタジオを転々と渡り歩く毎日が続きますが、そんな時間の中で思いがけない出会いもあります。昨日は某スタジオでSkoop On SomebodySoweluにバッタリ。いずれも以前に私がプロデュースを手がけたアーティストですが、プライベートでもよく会っているSOSはともかく、Soweluは実に久しぶり。初めて会ったのは彼女が高校卒業後間もない頃で、まだどこかあどけなさも残る美少女という感じでした。そんなSoweluも今では「さん」付けが似合うお年頃。「昔から美人顔だとは思っていたけど、スリムになってホントの美人になったね!」と冷やかすと、「ウフフ」と妖艶な笑みを。「こういう時は少しは照れるもんだろ!」とツッコミを入れたら、あわてて照れ笑いしてましたSoweluさん。

 スタジオ以外では、ラジオのゲスト出演をポツポツと。それらは本HPのWhat’s Newで随時ご紹介していきますので、どうかご確認のほどを。

 それでは、また来週。

Vol.18「ステッピンアウト!」

 大雨が降ったり、さわやかな陽気になったり、そんな今日この頃。
 昨夜はいま久しぶりにご一緒している今井大介さんと、仕事終わりに二人で痛飲しました。ワインバーを皮切りに、シングルモルトのバー、シメはラーメン屋さん。R&Bとジム通いが好きという共通項がある二人、一軒目ではフィットネスの話で盛り上がっていたのに、最後にラーメン食べちゃ意味ないです。でも美味しいんですねえ、これが。
 ま、背徳感は最高のスパイス、というお話。人生がそうだとは言わないけれど。

 今日(5月25日)は大竹佑季ちゃんのデビュー日です。とにかく素敵な歌声の合唱少女がいると聞いて、仙台の某有名女子高を訪ねたのは彼女がまだ16歳の冬でした。ストーブの懐かしい温もりにつつまれた音楽室でジャージ姿の合唱部員たちに囲まれ、ちょっとドキドキしたことをよく覚えています。
 そんな佑季ちゃんも先週末にはめでたく18歳に。今日のデビューはもっとめでたいですな。俗に言う「盆と正月がいっぺんに」って感じ?よかったね、佑季ちゃん。

 さて、本日5月25日は私の周辺でもうひとつめでたいことが。
 長年にわたる知人である『バァフアウト!』編集発行人の山崎二郎さんが、『バァフアウト!』本体とは別に、まったく一人で立ち上げ、編集された雑誌『ステッピンアウト!』が本日創刊なのであります。

 『STEPPIN’ OUT!』(ステッピンアウト!)Volume 0
  発行 ティー・シー・アール・シー http://www.barfout.jp

 この数年というもの、巷では30~40歳代という年齢層をターゲットにしたラグジュアリーな男性誌がちょっとしたブームというか市場を形成しています。それはそれで読むのは嫌いじゃない私。ただ、80年代に『宝島』、90年代に『バァフアウト!』を読んで青春を過ごしてきたオレは今何読んだらいいのさ!とお嘆きのサブカルチャー愛好者も少なくないようです。そんな諸兄におかれましては、ラグジュアリー系男性誌のトーン&マナーにはちょっと違和感があるんでしょうな。それはそれで理解できる私。

 で、ミスター・バァフアウト!の山崎二郎さんが昨今の男性誌ブームに対して出した回答、それが『ステッピンアウト!』なんですね。私も1982年の発表当時にシビれまくっていたジョー・ジャクソンの名曲に由来する誌名もさることながら、とにかく山崎さんの本気が凄いです。ほんの微細なことから全部ひとりでやっていらっしゃいます。私も彼との対談に呼ばれていろいろと楽しくお話ししてきました。座談の名手とは彼のような人のことを言うのでしょう。自分でも忘れかけていたような記憶をたくさん引き出されました。脳をゆっくり開かれる感じ、と言えばよいのかな。「おすすめディスク」なんて企画もあります。是非ご一読を。

 あ、そういえば山崎さんもジム通いの人でありました。その理由は「野球がうまくなりたいから」ですと。さすが、年季の入った少年です山崎さん。

 それでは、また来週。

 


ジョー・ジャクソン『Night and Day』(1982)
LPの中写真には、スタジオにマービン・ゲイのベスト盤を
持ち込む彼の姿が。

Vol.17「あるセブン・デイズ~その1~」

 雨上がりの渋谷は緑のにおいがします。そんな季節、いかがお過ごしでしょうか。
 新しい学校、新しい会社、新しい街にはもう慣れましたか。

 このHPに寄せられるメールは、大きくいくつかに分けることができます。
 そんな中で常に一定数を保っているのが「松尾潔は普段どんな生活をしているの?」という内容のメールです。今回はそんな疑問にお答えすべく、私の普段の生活をご紹介したいと思います。

 先に言ってしまいますが、スタジオに籠ってレコーディングやミキシング等の音楽制作に明け暮れている時期は、もう単純極まりないですよ。自宅とスタジオの往復。それ以上でも以下でもない。まあそんな日々を細かくご説明しても意味がないんですけど。

 先週1週間のうちスタジオ作業は3日間。スタジオ作業のある日とない日の落差をご理解いただくためには相応しい7日間だったかもしれません。
 以下、お話しできる範囲内で。いささか端的に。

5月8日(日)
 午前、デスク作業。真昼、都内某所にて現在プロデュース中の新人アーティスト「K」と待ち合わせ。韓国料理店でランチ。味噌チゲ美味。食後しばし歓談、私の運転でそのまま某スタジオへ。車中ではR&B論議。彼がフェイバリットとして挙げるのはブライアン・マクナイト、ジェームズ・イングラム、エリック・ベネイ、ジェシー・パウエル、ベイビーフェイス。いずれも私がアルバム解説を手がけたアーティストたち。そりゃ話が合うはずだな。スタジオ着後、新曲のプリプロダクション。夕刻、いったん抜け出して渋谷へ。ジョン・レジェンドのライブ(前回コラム参照)を鑑賞。Maestro-Tさんの個人スタジオに立ち寄り、アレンジ打ち合わせ。深夜、「K」の待つスタジオへ戻る。

5月9日(月)
 午前、デスク作業。真昼、前日に引き続き「K」とスタジオ作業。午後、いったん中座し、山下達郎さんのファンクラブ会報誌「TATSURO MANIA」の取材を受ける。インタビューの達人・前田祥文さんにのせられてペラペラと。スタジオ作業深夜まで。

5月10日(火)
 午前、デスク作業。午後、東方神起の新曲会議。多数寄せられた楽曲の中からシングル候補曲を絞り込む。夕刻、某所にて会食。筒美京平(作曲家)、朝妻一郎(フジパシフィック音楽出版)、斉藤正明(東芝EMI)の三氏からなる定例会のゲストとして。船旅の話、美食とクリエイティビティについての話。朝妻氏よりバート・バカラックの非売品5枚組CDをいただく。夜、某スタジオへ立ち寄り、昨日までの「K」の音源を確認。深夜に帰宅後、再びデスクに向かい企画書数枚。

5月11日(水)
 午前よりデスク作業。企画書数枚。夕刻、現在プロデュース準備中の某女性シンガーと対面。デビューして数年、シングル10数枚をリリースしながらも商業的成功に恵まれない彼女の今後を相談される。デモ曲を聴きながら具体的にやりとりを。私との音楽的接点は薄いが、それでも歌声には抗しがたい魅力を感じる。結論には至らず。

5月12日(木)
 午前、デスク作業。午後からは趣味の時間を過ごす。夕刻よりジム。ライター活動がメインだった20代はゴルフやダイビングにも出かけていたが、30代でプロデュース活動が忙しくなってからは遠出を要するスポーツから離れ、学生時代から馴染んでいるウェイトトレーニングとランニングに戻った。ときに水泳もするが、高校時代に水泳部の先輩にシゴかれた経験がトラウマとなってどうも本気になれないんだなあ。

5月13日(金)
 真昼、某書店でCMプランナーの澤本嘉光さん(電通)と待ち合わせ。私が遅れて店に着くと、澤本さんは大きく新聞を広げて読んでいる。はて。妙な光景。近づけば、読むのは新聞にあらず、地図なり。私に気づき慌てて挨拶する澤本さん。「僕、区画整理された町が好きなんですよね…」と言いながら畳む地図には大きく『杉並区』とあった。ランチの後、二人きりのブレインストーミングをえんえんと6時間。夜、仲の良いメンバー4人が集まって会食。CMプランナー箭内道彦さん(風とロック)のダイエット話が面白い。箭内さんとは博報堂在籍中の1997年にタワーレコードの『NO MUSIC, NO LIFE』広告でご一緒して以来のお付き合い。CHEMISTRY命名発表前夜に相談に乗っていただいたことが懐かしい。そのまま呑み歩き、渋谷円山町の某バーで作曲家の妹尾武さんと合流。彼とは先月この店でケイコ・リーさんと一緒に呑んで以来。いつもお洒落な人。痛飲。旧い日の終わりと新しい日の始まりを告げるカラス。

5月14日(土)
 午前、日本橋にて落語家・柳家花緑さんの定例会。某誌の座談会で知り合った花緑さんが主宰するこの隔月イベントに私が通うようになって、はや3年目。そのまま花緑師匠、林家きくおさんとランチ。落語とジャズボーカルの類似性などについて大いに語りあう。きくおさんは初対面だが、その顔立ちが父君の林家木久蔵師匠の若い頃によく似てきたという話で盛り上がる。とぼけた味が面白い。食後、花緑さんと一緒にタクシーで有楽町マリオンへ行き、彼が出演する『朝日名人会』へ。つまりこの日は花緑さんづくし。彼にかぎらず、毎年5月の『朝日名人会』清風篇はたまらないラインナップ。花緑師匠のほかにも神田山陽、柳家喬太郎、林家彦いち、三遊亭歌武蔵という顔ぶれ。若手の人気者が勢ぞろいなのだった。大いに笑い、すこし泣く。夕刻、ジムへ。

 以上、私の「あるセブン・デイズ」でした。ちょっとブログ風でしたね。

 それでは、また来週。

 

 箭内道彦さんの代表的お仕事より。8年前の撮影。

Vol.16 「ジョン・レジェンド」

 観てまいりましたジョン・レジェンド。7日の土曜日にも日比谷野外音楽でピート・ロックたちと合同パフォーマンスを行ったそうですが、私が観たのは唯一の単独公演となった翌日8日のライブ。会場は渋谷duo MUSIC EXCHANGE。超満員でした。

 会場に着くと見覚えのあるドレッドヘア+サングラスの女性が私に向かって手を振っています…MISIAでした。会うのは実に久しぶり。きっと多忙だろうに、ちゃんと観に来てるなあ、と感心。入口で敬愛する音楽評論家の吉岡正晴さんに会い、そのまま合流して2階席へ。と、今度は満面笑顔のDJ OSSHYが。彼は数年前まで私がFM横浜で「SOUL SYSTEM」をやっていた時のプロデューサーでした(この話は一度書きましたよね)。

 さて。バンドは本人のボーカル+ピアノに加え、キーボード、ドラム、ギター、ベース、DJ、それに女性コーラスが2人いたかな。変則ビートを懸命に刻む白人ドラマーが何かと目立っていました。まあお世辞にも最高のバンド、最高の音響とは呼べませんでしたが、それでも最後まで飽きさせずに聴かせてくれたのは、ジョン・レジェンドの地肩の強さゆえ。もうそれに尽きます。実に力あるライブ・パフォーマンスでしたね。

 ライブの内容に関しては先述の吉岡さんの日記サイトのレポートに詳しいので、そちらをご参照くださいな。私が個人的にグッときたのは「Selfish」のジョン・レジェンド・バージョン!ご存じスラム・ビレッジが昨夏ヒットさせた名曲です。彼らのリリックは「全米美女巡礼」ともいうべき内容。曲の冒頭でテキサスに続いて登場する街がニューオーリンズなんですが、その頃私はこの曲を繰り返し聴きながらニューオーリンズを旅していたのでありました。旅情ってヤツですか。ま、ジョンさんバージョンではその辺のリリックは一切省略されていたんですけど。それだけにこの曲の元ネタとなったアリサ・フランクリンの「Call Me」まで先祖がえりしたかのような、いにしえのソウル・ミュージックの感触がありました。

 ジョンさんはベージュの細身スーツ(コットン素材かな)に白系のシャツで登場。センツァクラバッタ愛好家かしらん。私と一緒だね。2月のグラミー授賞式@LAで観た時も思いましたが、小柄です。それらに加え「よくアジア系と間違えられる」(本人談)顔立ちのせいもあり、全体の佇まいとしてはユナイテッドアローズのスタッフといっても通用する感じ。よく青山あたりを歩いてますよ、こういう子。彼の盟友のカニエ・ウェストもそうですが、R&B / ヒップホップ業界にもキレイめコンサバ系ファッションのアーティストが増えてきました。少なくとも私にとっては歓迎すべき傾向です!

 おっと、最後は服の話になっちゃいました。こりゃ失礼。

 それでは、また来週。

 

  

「Call Me」をめぐる物語。どれも大好き。

Vol.15「新人デビューとその周辺」

 今回は一応の目標としている水曜日に間に合わないどころか、金曜日の更新になってしまいました。楽しみにしてくださる方々、ごめんなさいね。

 ゴールデンウィークにもかかわらず、いや、だからこそ、なのか。私はあいも変わらずスタジオ作業三昧で、コラム執筆の時間確保も困難なほど。要するに今夏リリース予定の作品制作に追われているわけです。最近は新人アーティストのプロデュース依頼や作詞依頼(これは小山内舞立田野純のほうが多いかな)が圧倒的に多いですね。デモを聴かせていただくと、みなさんキラリと光るものがある。確かにある。すべてお受けしたいのですが、仕事には責任をもちたいですから、自分の許容量の範囲を超えるであろうと容易に想像できるものは泣く泣くお断りしてしまいます。

 そうやって仕事をお断りしたデビュー予備軍のその後は気になるものです。自分以外のプロデューサーたちが彼らの才能を開花させるのを傍観者として眺めるのは、正直ちょっぴり悔しい。それでも自分の認めた才能が世に広く認知されていくのは嬉しいものです。この仕事の何が辛いかといって、彼らが音楽業界から消えてしまうのを見届けるより辛いことはないのですから。

 一方、先頃BoAちゃんへの提供曲「Do The Motion」でオリコンチャート初登頂を果たした葛谷葉子さんのように、私のプロデュースが商業的成功に結びつかなかったアーティストが、その後作曲家として大成する例もあります。ちょっと前だと、私がプロデュースしたくてもプロジェクトの意向と合わずにそれが叶わなかった佐藤篤志くんが、EXILEのATSUSHIとして大成功を収めました。彼はその後さらに本人の趣向を強く反映した本格的ボーカル・グループCOLORもスタートさせています。こういう動きはほんとに頼もしいし、何よりも嬉しい。私のほうが勇気づけられます。

 なんて、今回は音楽プロデューサーとしての偽らざる心情を語ってみました。

 さて、東方神起の日本語デビューシングル「Stay With Me Tonight」はもうお買い求めいただいたでしょうか。関係者の予想を大きく上回る反応をいただき、全国各地でCD+DVDが軒並みソールドアウトです。プロデューサーとしてはこれもまた嬉しいやら悔しいやら。知人からも「渋谷H●Vに買いに行ったら現物が売り切れていた!」とか「渋谷のTSU●AYAも在庫切れだ!」等のブーイングが相次いで寄せられています。予想を大きく上回るリアクションに加え、連休中という事情が重なり補充が遅れたようです。その後CD+DVD工場がフル稼働してようやく全国的に商品も補充できた模様。未入手の方は今すぐ是非!R&Bファンにはカップリング曲の「Try My Love」(和田昌哉さん共作曲)がご好評いただいているようですな。

 それでは、また来週。

 

 
葛谷葉子。私は今でもよく聴きます。
左、座って聴く『MUSIC GREETINGS VOLUME ONE』(1999)
右、立って聴く『MUSIC GREETINGS VOLUME TWO』(2001)

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