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松尾潔公式サイト~Never Too Much Productions~ コラム

Vol.14 「そこにいる」

 今回は水曜日の更新に間に合いませんでした。ごめんなさいね。

 しばらくロンドンに行っていました。鷺巣詩郎さんのリーダー作品集『SHIRO’S SONGBOOK』シリーズ最新作(今夏発売予定)の制作のお手伝いです。お手伝いって何よ?という疑問にお答えしますと、「そこにいる」ということです…まあ誤解を招きかねない表現ですが、「そこ」とは勿論スタジオの現場であり、ときに選曲の現場であります。アーティストと共に語り、考え、無形のアイディアに形を与える場です。
 鷺巣さんのシリーズ全作をずっとお手伝いしてきたのですが、今回の新作はいつにも増して力のある内容に仕上がっています。ライナーノーツには『SONGBOOK』シリーズ恒例の「鷺巣詩郎×松尾潔対談」も掲載予定です。お楽しみに。

 成田空港。搭乗待ちのラウンジで退屈まぎれにパスポートをめくっているうちにわかったのですが、96年発行のこの巻でイギリスの入国審査のスタンプは26個ありました。9年間で27個目、ということは、大体4ヶ月に1回くらいの割合で行ってるんですね、ロンドンに。考えてみれば前回の渡英が先の正月でしたから、確かにまあそんなペースなんでしょう。ちなみにアメリカのスタンプは46個。3位はぐっと差をつけられて韓国の6個。あれ、そんなものなの?韓国は20代の頃のほうがよく(長く)行ってましたな。

 ロンドンは4月の陽気。定宿のあるリトル・ベニスの川沿いの舗道は、日本でいうヤエベニシダレの如き桜が満開。それはそれは美しかったです。風に落ちる花びらがケツメイシのRYOJI君の歌声を思い出させます。スタジオ近くのノッティングヒルの商店街ではTシャツ姿が目立ちました。
 とはいえ、ロンドンの一日は四季のごとし。昼下がり、商店街を行き交う人たちを見物しながらパブでひとりビールを呑んで温まったカラダも、気がつけば肌寒い風に晒されてしまいます。ちょうどポートベローのフリーマーケットの日でしたから、いくつかの店で検討して70年代製とおぼしきアクアスキュータムのスイングトップを買いました。裏地に惹かれて。コンディション極上、20ポンド。まあ悪くない買い物でしょう。

 以前書いて評判がよかったので、以下、「食」についてまた少々。いいでしょ、海外だし。

 今回は食通の鷺巣さんの誘いでロンドンの中心部から遠く離れた長閑な村ブレイ(Bray)を訪ねました。現在イギリスにはミシュラン三ツ星レストランが3軒あるのですが、そのうちの2つ…The Waterside Inn と The Fat Duckがこの小さな村にあるから不思議なものです。今回は躍進著しいThe Fat Duckへ。シェフのヘストン・ブルーメンタール氏は私と同い年とか。非常に興味をそそられます。 
 The Fat Duckは小さなパブにリノベーションを施したシンプルな内装で、テーブルは8つくらい、客は30人で満員というところでしょうか。味も確かに素晴らしいですが、それにも増して彩りやプレゼンテーションに特徴が。まあスペインの「エル・ブリ」の流れを汲む新派なんでしょう。物語性の強い料理です。
 19日に4時間ほどかけてデグスタシオン(18皿)を味わったのですが、その日の朝に左翼系新聞The Guardianに写真入りで今度は「世界一」と報道されたため、テレビ局の取材チームが3社ほど店外で慌しく放送準備をする中での食事でした。

 そうそう、ブレイにほど近いウィンザー城にも寄りました。チャールズ&カミラのウェディングで最近ホットな場所ですな。ほんとですかな。その日はエリザベスの滞在を示す女王旗が風に靡いていました。周辺の土産物屋街ではご成婚グッズが早くも値崩れ起こしていましたよ。私はおふたりの写真が焼き付けられたマグカップを購入。世界で最も高貴かつ下世話なマグカップでありました。

 それでは、また来週。

 

 2001年発売のDVD『5.1 GOSPEL SONGBOOK / 鷺巣詩郎』

「鷺巣詩郎×松尾潔 対談」の特典映像つき

Vol.13「過去原稿再録:『en-taxi』No.5(SPRING 2004) より」

 高校のOBに夢野久作がいた。彼の誕生日は自分と同じだった。そのことを私は入学オリエンテーションの卒業生紹介で知った。教師が自慢気に語る芥川賞の宇能鴻一郎や直木賞の梅崎春夫よりも誇らしく思えたのは、中学時代に『ドグラ・マグラ』を手にしていたからだ。

 数日後、教科書に欠損が見つかり、新品と交換するため新天町の金文堂本店に行った。教科書コーナーは二階だったか三階だったか。この本屋では上階に行くほど照明が暗くなるような気がする。参考書コーナーを通りかかるとサッカー部の三年生が二人して赤本を読んでいるのが目に入った。強面ぶって新入生に威張り散らしている連中が、陰ではコソコソ赤本チェックか。コソ勉野郎め。

 「先輩!お勉強ですか」と声をかけてニヤリと笑ってやった。二人は狼狽した。ひとりなど赤本を手から落とし、「何でお前はここにいる!」と私に逆詰問する始末。がしかし、もうひとりは後輩にコソ勉の現場を発見されて観念したのか、相方にツッコミを入れた。「そりゃ本買うためやろ。本屋にうどん食いにくるヤツはおらん」そのユルい口調が忘れられない。

 一階に下りて夢野久作コーナーを見つけ、『ドグラ・マグラ』の隣に置かれていた『狂人は笑う』を買った。今でもうどん屋から漂う出汁の香りに金文堂の暗がりと米倉斉加年の表紙画を思い出すのは、そういった理由に拠る。

*今週は松尾潔多忙につき、書き下ろしコラムはお休みし、過去の原稿を再録いたしました。
 en-taxi編集部より「想い出の本屋」というテーマで執筆を依頼され、寄稿したものです。
 時は1983年春。福岡金文堂本店。

 

 角川文庫版『ドグラ・マグラ(上)』

Vol.12 「オコタエシマス~その2~」

 早くも第2回目の「オコタエシマス」であります。

 この2、3週間ほどHPに届くメールの大半は東方神起に関するもの。あらためてその反響には驚きます。CS等で日本語デビュー曲「Stay With Me Tonight」のビデオのオンエアが始まったことも理由のひとつでしょうか。

東方神起のファンです。3月31日に彼らのMVを拝見しました。韓国での彼らの歌とは全く違っていて初めは戸惑いましたが何回も聴いているうちに頭から離れなくなってきました。爽やかなラテン??とでもいいますか、J-POPらしくて好きです。

 (以上、「mituki」さん。タイトル「聴けば聴くといいです!」)

 同様のお便りを多数いただいています。がしかし、東方神起ファンの皆さんの多くはメールをこのHPで「紹介しないでほしい」と。微妙なファン心理ですな。
 ”WHAT’ S NEW”でもご紹介していますが、既にアートワークやビデオも完成し、あとは4月27日のリリースを待つばかりとなりました。メンバーは相変わらずアジア中を忙しく移動しているようですね。引き続き応援よろしくお願いします。
 そうそう、シングルのカップリング曲の「Try My Love」も楽しみにしてください。私の個人的な嗜好が色濃く出たファンク・チューンで、正直彼らが歌うのはどうかな、とも思ったのですが、実際にスタジオでマイクに向かってもらうと予想以上の対応力で。なかなか歌えるもんだから、こちらもついついハードルを高くしてしまいます。ちなみにこの曲の作者のひとり和田昌哉さんは今日4月13日にデビュー。こちらも注目です。

 次は、先週のTBSラジオ「ストリーム」、TFM「YEBISU BAR」出演について。

TFMにゲスト出演したことを放送後に知りました。可能な限り、メディア情報をアップしてください。 

(以上、「kumi」さん。タイトル「メディア情報充実の願い」)

 同様のメールが数通ありました。いずれも急に決まった話だったので、情報の告知が遅れてしまいました。申し訳ありません。それでも放送数日前には”WHAT’S NEW”でご紹介していたんですが…残念です。今後はトップページ右上の”Update info”からまずご覧いただくように習慣づけていただくと嬉しいです。
 勿論、両番組を聴いて楽しかったとのご報告も届いています。ちなみに「ストリーム」では、「Life After 30」というテーマで、ジェニファー・ロペスとマライア・キャリーを比較してセレブリティー・ビジネスの現在についてお話ししました。「YEBISU BAR」ではDJの小山ジャネット愛子さんとエビスビールを呑みながらマービン・ゲイ論を。曲は”When Did You Stop Loving Me, When Did I Stop Loving You”と”Sad Tomorrows”をご紹介しました。 

 相変わらずデモテープ送付についてのお問い合わせもいただいていますが、以前にもお伝えしたように現在のところ本HPを使ってのオーディション等は考えておりません。どうかご了承ください。
 というわけで、今回はこんなところで。

 それでは、また来週。

 
 ”When Did You…”収録の『離婚伝説』ナリ。

Vol.11「小倉日記」

 先週末、所用で実家のある福岡に帰りました。滞在中にも余震を体験したり、それにさほど驚かない地元の人々がたくましく見えたり。
 今回はちょっと足を伸ばして小倉へ行ってきました。JR博多駅から小倉駅までは新幹線でひと駅、時間にしてわずか20分ほど。最近では西鉄の高速バスでも90分で行けちゃうそうで、これは往復1800円という料金設定ゆえに人気だそう。

 実は小倉には小学生の頃に1年半くらい住んだことがあります。住んでいたのは転勤族が多いエリアで、当然通っていた小学校にもその子弟が多く、身の回りでは転入と転出が日常的でした。そういえば古内東子さんも一時期同じ小学校に通っていたと本人から聞いたことがあります。彼女のお姉さんは私と同学年だそうですが、在学時期が重なっていなかったようですな。ま、余談でした。

 さて小倉といえばわれわれ音楽業界人にとってはラジオ局CROSS FMの本拠地としてなじみ深い場所でもあります。今回は同局の位置する北口ではなく南口へ。スケジュールの都合上、小倉に滞在できるのははじめから3時間と限られていたので目的地は2つに絞ったのですが、その2つとも南口方面なのでした。まあ時間が許せばCROSS FMにも遊びに行きたかったんですけれど。

 まずは小倉城を擁する勝山公園へ。その敷地内にある松本清張記念館こそが今回の目的地その1であります。よく知られているように清張は小倉に生まれ育ち、40歳を過ぎるまでそこで過ごしています(そのあたりの事情は自伝的な著書『半生の記』に詳しいです)。加えて小倉は『或る「小倉日記」伝』をはじめとした小説の舞台になることもまた多かったので、清張ファンにとってはまあ聖地みたいなものですね。

 記念館の最大の見ものは何といっても「思索と創作の城」と題された2フロアぶち抜きの展示。清張が1961(昭和36)年(ときに52歳)から1992(平成4)年に没するまでを過ごした東京都杉並区高井戸の家を忠実に再現したものです。これは圧巻。1階には応接間、書庫、2階にはまた書庫、資料室、そして書斎。いまにも家の主が現れてきそうなほどの再現度の高さには驚きますし、ご家族でさえ入るのを躊躇っていたといわれる文豪の書斎や書庫を目の当たりにするのは、何かイケナイモノを覗き見しているような背徳の悦びがありました。

 自分の好きな作家、とりわけ故人が過ごした家や土地を訪ねる。この行為には独特の興奮があるものです。そのことをはっきりと自覚したのは、昨年正月の旅で、壇一雄が暮らしたポルトガルのサンタクルスを訪れた時。ここであの人が思索に耽り創作の時を過ごしたかと思えば、自分の身体が熱くなってくるのがはっきりとわかります。今年の正月に福岡・能古島にやはり壇一雄の旧居を訪ねた時もそうでした。パワー、でしょうか。都心だと南青山6丁目の岡本太郎記念館もパワーにあふれた場所ですよね。

 小倉で文豪の旧居を訪ねるなら森鴎外のそれのほうがポピュラーでしょう。清張の「思索と創作の城」は、厳密にいえば旧居とは呼べない。移築というか再現ですから。でも小倉が清張にとって「愛憎の地」であることを知る読者からすれば、これが単なる再現ではなくもっと重層的なプレゼンテーションであることがわかる。そこにこの記念館の真骨頂があります。書斎の前で膝がガクガク震えましたよ私は。

 目的地その2は、魚町の鮨屋「もり田」。私は考えるところあって本コラムで「食」については具体的に店名をあげて語ることは避けてきましたが、今回は例外ということで。
 小倉に「もり田」あり、と以前からその名を聞き知っていたのですが、念願かなって今回初めてお店を訪ねることができました。ネタの中心は近海の幸であり、東京の名店とはやや趣が違う酢飯も私の口には合いました。また訪ねたいお店です。

 ところで「もり田」は文藝春秋の雑誌や書籍に掲載されることが多いのですが、店のご主人の奥様にお聞きしたところ、この店を贔屓にされているお客のひとりに文藝春秋の元社員がいらっしゃるそうで。よくよく聞けばその女性こそは松本清張記念館館長・藤井康栄女史でありました。まさに清張づくしの旅。小旅行の終章に相応しいオチがついたところで、私は小倉駅に向かい、再び車上の人となりました。以上、3時間。

 それでは、また来週。

 

 新潮文庫版『或る「小倉日記」伝』

Vol.10 「春なのに」

 春なのにお別れですか。と柏原芳恵さんが歌ったのが1983年。
 なんでよく覚えているかというと、その曲がヒットしている頃に私は中学を卒業したのであります。中島みゆきさんの歌詞のよさがわかったのはそれからずいぶん後のこと。正直、ヒット当時はあまり共感できなかったなあ。何しろこっちは男子校。卒業式当日でさえ泣いている友だちはいなかったような気がします。

 bayfm『松尾潔的音楽夜話』が、昨日(3月29日)の放送をもって終了いたしました。ご愛聴ありがとうございました。考えてみればbayfmで初めておしゃべりしてからもう15年が経つわけですが、とりわけこの『松尾潔的音楽夜話』には愛着がありました。放送枠を移動しながらもリスナーとbayfm編成部員の方がたの熱意で続いてきた「首都圏FM業界の奇跡」たるプログラムでした。
 何しろ2年半前のスタート当初から、スポンサーなし、台本なし、リクエスト受付もなし。松尾潔がR&B音源をスタジオに持ち込み、曲をかけて思うままお喋りするだけ。番組をお聴きの方ならご存じでしょうが、私の10数年来にわたるお付き合いの中野ディレクターの脱力的センスと神業的スキルで何とか番組の体裁を保っていたのです。ちなみに彼もその昔はエモーションズ等のCDライナーノーツで健筆を振るっていた御仁。この番組の前身ともいえる『SOUL SYSTEM』(FM横浜。1998 ̄2001)の能勢ディレクターといい、その番組プロデューサーだったDJ OSSHYといい、ソウルマニアって人たちは確実にいるんですよ、ラジオ業界にも。

 「ソウルバーで隣に座ったおしゃべりな男」というのが番組コンセプトでしたから、そこでかかっているレコードのクレジットを読みあげて薀蓄を披露することはあっても、事前に原稿をつくることはありませんでした。それゆえ失言も多かったし、失念による言い忘れも多かったなあ。今だから言いますが、CDさえ持ち込まず、まったくの手ぶらでスタジオに入って、ただ中野ディレクターの顔をみながらダラダラ喋り通した放送回もありました。マニア同士ってのはそれでも頭の中で同じ曲が鳴っているわけです。まあ映画でもサッカーでも、マニア同士の会話ってそんなものかと思いますが。番組スタートからしばらくの間は、こんな与太話を聴いてくれる人なんているのかと半信半疑でしたが、マニアっていらっしゃるもんですね、全国に。

 今でも語り草になっているエピソードがあります。番組に多数のメール・ファクス・お手紙が寄せられるようになった頃、調子に乗った私と中野ディレクターで「お便り特番」を企画。あらためて特番用のお便りを番組内で募集すると、急に風が凪いだようにメールもファクスもゼロになってしまった…それまでの投稿者の誰もが番組で紹介されることを望んでいなかったという。

 もうひとつお別れの話を。1957年の開業以来、良質の商業演劇を上演し続けてきた日比谷の芸術座が3月27日をもって48年の歴史に幕を下ろしました。
  最後の演目はもちろん森光子さん主演の『放浪記』。菊田一夫の作・演出、三木のり平の潤色によるこの作品、以前から観たいと思いながらずっと観そびれていた私ですが、幸いにも今回のチケットを入手することができ、初めて鑑賞することができました。
 ディープでした。森さんがたどりついた境地に手が届く女優は今後おそらく出てこないのでは。それは能力や資質の問題に加えて、スターシステムの変遷、商業演劇を取りまく状況の変化にも理由を見出せる事柄なのでしょうが。カーテンコールでは実にいろんなことを考えさせられました。
 芸術座48年の歴史の最後にすべり込めた僥倖を身に沁みて感じています。劇場で購入したパンフレットも読み応えのあるもので、就寝前の喜びがまたひとつ増えました。
 なお今回の閉館はビルの建て替えに伴うもので、2007年11月には新劇場がオープンする予定です。東宝は2008年1月からその新劇場で「放浪記」を上演することを発表しています。その時、森光子さんは87歳になっているということです。

 最後に、弊社秘書もふれていた映画『サイドウェイ』について。私は映画館に2回足を運び、2回ともその足でワインバーへ直行しました。アレクサンダー・ペイン監督はキャメロン・クロウと並んでいま最も私ごのみの脚本を書く映画人です。

 それでは、また来週。

Vol.9 「一日も早い復旧を」

 その時、私は出張先の軽井沢のホテルにいました。
 チェックアウト・タイムが迫ってもベッドでまどろんでいたら、つけたままのテレビから故郷・福岡のただならぬ光景が流れてきて驚きました。

 実家と電話がつながったのは結局1時間ほど経ってから。
 親しい人たちの無事を確認するまでの動悸は今まで経験したことがないものでした。
 阪神淡路大震災の時、被災地出身の知人たちはこれに似た気持ちを抱いていたのですね。何人もの口から何回も聞いた筈なのに、その実私は何も理解していませんでした。
 無知の知はいつも遅れてやってくる。

 地元の親しい友人からのメールには「福岡でも震度6クラスの地震がある」ことに大きなショックを受けた、とありました。
 まったく同感です。進学で上京する際に「東京は地震がよく起こる」という話を何回聞いたことか。概して西日本出身者は地震に対しての耐性が乏しいように思います。実感を伴わぬ想像力にはおのずと限度が生じるものです。

 高校時代の同級生のメーリングリストに名を連ねているおかげで、地震発生以来コンスタントに細かい現地報告を受けています。
 中心地・天神の福岡ビル(通称『福ビル』)は360枚の窓ガラスが割れたそう。付近の歩行者が怪我を負ったとしてテレビで繰り返し放映されていました。
 福ビル。その中の文房具店で私は初めてのシャープペンシルを買った。本屋で初めての『POPEYE』を買った。プレイガイドでソニー・ロリンズのコンサート・チケットを買った。レコード店ではデビュー間もない早見優の宣伝ポスターを譲ってもらった。
 そして現在、福ビルはかつての同級生の勤務先でもある。

 ただ、離れていると実感が得がたいのも事実。こんな時に自分に何ができるのか、自問しています。そんな思いをかかえながらスタジオに入ってラブソングを作っています。
 世の中を変えることはできないが、小さな何かはできるんじゃないか。

 まだ余震がつづくとも聞きます。
 福岡在住の方がたは心身ともにお疲れのことでしょう。
 今はただ皆さんの身の安全と福岡の街の一日も早い復旧を心から祈っています。

Vol.8 「オコタエシマス~その1~」

 いつもご愛読ありがとうございます。

 このコラムも始まって2ヶ月近くが経ちました。今回はこれまで本HPに届いたメールの中から「紹介してもよい」と許可をいただいたものをいくつか引用させていただき、私がそれらにお答えいたします。

 まずはお祝いメールから。

CDを買ったり、レンタルしだしたころ、初めて僕はR&Bを『smooth』で意識しました。あのころはまだ聞き始めたばっかりで、ロックもポップスも、何にも区別が付きませんでした。そして何が自分好みなのか知りませんでした。だけど、smoothを聴いてから、僕はR&Bと、そしてそれが僕の好みだと知りました。(二回書いてますね。笑) 気づかせてくれてありがとうございました。というか、ずっと松尾さんの公式サイトを待ってました。本当に、嬉しいです。これからもがんばってください。

 (以上、「Jun1」さん。タイトル「待ってました。」) 

 文面から察するに10代の学生さんでしょうか。R&Bの底なし沼へようこそ!

 それにしても「何が自分好みなのか知りませんでした」というフレーズはリアルですね。私にもありました。そういう時期。洋楽を意識して聴きだしたのは中学生の頃ですが、その時期はロックもポップもテクノも同列で聴いていましたよ。ただ、ロックでもギターがギンギン鳴ってたりパンク色の強いものは苦手でしたね、今思えば。たとえばYMOなら「タイトゥン・アップ」、クイーンなら「地獄へ道づれ(Another One Bites The Dust)」を繰り返し聴いてしまうわけですよ自然と。それらに通底する音楽性を「ソウル」と呼ぶ、と知った時は目の前の霞が晴れたような気分でした。それからは「ジャケットに黒人が写っていると片っ端から聴く」状態に突入しました。懐かし。

 お祝いメールは年季が入ったR&Bファンからもいただいています。

松尾さんを師匠と崇めて、早11年。この人についてきて間違いはなかっス。ほんとですか?!こちらのサイト、かっこいいです。自分のBlogで紹介しちゃいました(*^_^*)これからさらにコンテンツが増えていくのを楽しみにしています!! 

(以上、misaoさん。タイトル「楽しみにしてます!!」)

 misaoさんには、私の常套フレーズ「よっ、ご同輩!」をお返ししましょう。

 続いては、R&B上級者からのご質問メールを。

松尾さんも敬愛してやまないブライアン・マックナイトの新作で、ジョーやエリカ・バドゥなどのマネージメント&モータウン社長のキダー・マッセンバーグの名前が見当たりません。なぜでしょうか?遂にブライアンとも縁がなくなったのでしょうか…もしかしてモータウンの社長も辞任してるのでしょうか。飛ぶ鳥落とす勢いの頃を考えると夜も眠れません。よろしくお願いいたします。  

 (以上、「マロ」さん。タイトル「キダー・マッセンバーグ」)

 

 マロさんの悲しい予感は当たりです。キダー・マッセンバーグはモータウン社長の職を辞しています。新任はエレクトラのCEOだったシルビア・ローン女史。情報筋によると、キダーさんは現在自分の新レーベル設立準備中とのこと。
 ネオ・ソウル以前、そう、ニュー・クラシック・ソウルという呼称が日本とイギリスで広く流布しはじめた頃、ロンドンはノッティングヒルのR&B/ヒップホップ専門のレコード店に行くと、カテゴリー名として”New Jack Swing”や“Flyte Tyme”と並んで”Kedar Massenburg”があり、驚いたものです。当時はA&Rやマネージャーという役割を超えて「キダー・マッセンバーグ」はジャンル名として成立していたんですね。現在の彼を取り巻く状況は確かに寒いものですが、私は捲土重来を期待しています。

 お次は、私のプロデュース作品について。

はじめまして。私は韓国のグループ「東方神起」の大ファンです。今回彼らのセカンドシングルを、松尾さんがプロデュースされると知り、大変期待しております。(中略)お恥ずかしい話ですが、私は彼らのお母様と同じ年代だと思います。その私が彼らの歌に癒され、励まされています。彼らには年代を超えて、たくさんの人を感動させる力があります。私の周りにもたくさん同年代のファンがいます。どうぞ彼らが日本で活動してよかったと思えるようにしてあげてください。(後略)  

 (以上、「まひろ」さん。タイトル「東方神起のセカンドシングルへの期待」)

 情報が早いですね。4月27日リリース予定の東方神起の新シングルは、彼らにとって初めての日本語作品となります。私も彼らのポテンシャルの高さに刺激され、妥協のないプロデュースを続けています。耳の肥えたまひろさん世代のファンのみなさんのご期待にお応えできるよう、全力で頑張りますよ。以下、5人のメンバーへの私の心の声を。

 ・チャンミン:最年少なのにコーラス巧いよねえ。頼りにしてるよ。
 ・ユンホ:リーダーの自覚たるや良し。日本語の上達ぶりに驚いてます。
 ・ジェジュン:そんな瞳で僕を見つめられると…その色気は凄すぎ!
 ・ユチョン:Mr.スタイリッシュ。英語MCのパートを増やしてしまいました。
 ・ジュンス:君の歌声はアジアの宝。惚れてます。

 というわけで、今回はまずこんなところで。
 なお、デモテープ送付についてのお問い合わせも多数いただいていますが、現在のところ本HPを使ってのオーディション等は考えておりません。ご了承ください。

 それでは、また来週。

Vol.7 「過去原稿再録:『Domani』2004年10月号(表参道特集)より」

 この原稿の依頼の電話を受けた時、ぼくは表参道駅からほど近い青山ブックセンター(ABC)にいた。

 その前は自宅から代々木公園を抜けて明治神宮まで歩き、土を踏みしめる感覚を楽しんできたのだった。勢いあまって一気に表参道の雑踏を抜けて喉が渇いたぼくは、ナチュラルハウスでエデン・ソイを買い、お気に入りの場所である国連大学の裏道でそれを飲んだ。

 涼を求めて、というところが多分にあったのは否定しないけれども、そのまま敷地内のABCに入ったのは一応の目的もあった。現在プロデュース準備中の17歳の少女が愛読書だと教えてくれた唯川恵の文庫本をさがそうと思ったのだ。がしかし、それは見つからず。気がつけば映画批評の新刊書をずいぶんと長い間立ち読みしていた。ま、ABCらしいといえばABCらしい、そんな利用法ではありました。

 ABCが倒産したのは翌日のこと。これにはぼくも参ったね。この件について語るのが本稿の主旨ではないが、これでまた表参道界隈の楽しみがひとつ失われてしまったことは確かである。がしかし、表参道はいつもこうして街の風景を変えてきたのでなかったか。

 15年ほど昔のこと。表参道と明治通りの交差点…ちょうど今GAPになっている一帯に原宿セントラルアパートなる古いビルがあり、ぼくはその一室を改造したラジオの収録スタジオに週二回のペースで通って番組を作っていた。週替わりで英語の堪能な女の子たちを集めての収録現場は、志は低かったがテンションは高かった。ぼくは音楽とお酒と女の子が好きな、まあ言ってみればごくごく平均的な学生だった。

 好きなものは15年くらいでそう変わるものではありません。では、表参道は変わったか。ぼくはそれを確かめるべく…というのは嘘で、たんに小腹が減ってきたのと映画本が読みたいのとでさっき来た道を引き返す。増えたのはヨーロッパの巨大ブランドの旗艦店。消えたのは同潤会アパート、セントラルアパート、そして…。

 GAPの上のピザエクスプレス。窓際の禁煙席に座り、小ぶりのマルゲリータを手頃なキャンティクラシコで流し込む。向かいのラフォーレを見下ろせば、あの頃はなかったHMVの店外スピーカーから大音量でアリシア・キーズが流れている。ラフォーレは今日もまぶしい女の子たちを吸い込んでは吐き出す。お店を出てきた彼女たちがいっそうまぶしく見えるのは気のせいではないだろう。あの頃のように。

 表参道には、変わりゆく変わらないもの、がある。

 

*今週は松尾潔多忙につき、書き下ろしコラムはお休みし、過去の原稿を再録いたしました。
 なおABC青山本店は2004年7月16日に閉店後、同年9月29日に営業再開しています。

Vol.6 「トラスト・オーバー30」

 このところジェニファー・ロペスの新譜『リバース』ばかり聴いている松尾潔です。

 え?先週は「下り坂」なんて腐してたじゃないかって?それは確かにそうだと思うんですよ。残念ながら。でも好きなんだなあ、やっぱり。容姿が好きだから歌も好きになってしまった、という例。先日は『Shall We Dance?』を機内上映で観てウットリ。女性の本当の魅力は30代に入ってからですよ!と声を大にして言いたい。ちなみに日本人女性で私がメロメロなのは鈴木京香、吉瀬美智子、木村多江のお三方ですが、みなさんオーバー・サーティー。ま、こちらは歌手デビューの予定はないですね。

 さて。ジェイミー“レイ”フォックス、オスカー獲りましたね。いやあ、めでたい。ここは難しいこと言わずに素直に喜びましょう。まだご覧になっていない方は是非劇場に足を運んでいただきたい。誤読の余地がない演出はテイラー・ハックフォードの真骨頂。これぞ大衆芸術。レイさんといえば、本人とデイビッド・リッツの共著による伝記本『わが心のジョージア~レイ・チャールズ物語~』の日本語版がこのたび刊行されました。これはオススメ。音楽評論家・吉岡正晴氏の翻訳はいつも平易かつ適正で素晴らしいです。やはりこの手の本は音楽に精通した方の翻訳にかぎります。ちなみにデイビッド・リッツは数々のR&B伝記本の他にマービン・ゲイ「セクシャル・ヒーリング」の作詞者としても知られるお方。数年前に一度だけお会いしたのですが、タトゥーばりばり、ライダーズジャケットにジーンズという「ザ・不良白人中年」な容姿に驚いたものです。

 ところで、映画といえば『レイ』より何よりまず真っ先に観て欲しいのが『ファイティング・テンプテーションズ』。というのも、新宿高島屋のテアトルタイムズスクエアで3週間限定レイトショーで上映してきたこの映画も、いよいよ今週末4日(金)が最終日だからです。東京限定のネタで申し訳ありません。

 『ファイティング・テンプテーションズ』といえば、一昨年に出たサントラをご記憶の方も多いでしょう。この映画、R&B界からビヨンセ、オージェイズ、フェイス・エバンス、メルバ・ムーア、アンジー・ストーン、アン・ネズビー、モンテル・ジョーダンなど、ゴスペル界からはシャーリー・シーザー、ヨランダ・アダムス、ドニー・マクラーキン、ブラインド・ボーイズ・オブ・アラバマなどが出演しています。動くオージェイズを観たことがない、という方はこの機会に是非!

 私も先日高島屋に行ってまいりました。その夜はゴスペルサークルの会員さんとおぼしき方々が団体鑑賞中。何しろ布教映画ですからストーリーは単純明快です。じゃあ退屈かといえば、全編これ歌いまくりなので音楽ファンは飽きない。音楽監督はジャム&ルイスと盟友ビッグ・ジミー・ライト!1980年、ジョージアの黒人教会を舞台にした冒頭からアン・ネズビーの熱唱シーンが出てくるのだからたまりません。

 あと見どころはオスカー俳優である主演のキューバ・グディングJr.のブレイクダンス。これが凄くて驚きます。そういえば彼は84年のロス五輪ではブレイクダンサーとして閉会式に出ているのでした。ライオネル・リッチーの「オール・ナイト・ロング」にあわせて。68年1月2日生まれのキューバは、この時16歳。

 余談ながら、68年生まれの有名黒人エンターテイナーは非常に多いです。LLクールJが1月14日、ハル・ベリーが8月14日、ウィル・スミスが9月25日。実は私も68年組。キューバより2日遅れの1月4日生まれであります。先述のジェイミー・フォックスは67年12月13日だから、日本の感覚でいえば同学年ですな。彼らの活躍が妙に頼もしく感じられる今日この頃。よっ、ご同輩!

 それでは、また来週。

 

 女猫、いや、女豹です。

Vol.5 「グラミー・ゴウズ・トゥ…」

 先週は執筆をサボってしまいました。スマンです。グラミー賞授賞式のためにLAに出張してまして、どうにもまとまった時間が作れなかったんですよ。休載にするのもどうかと思い、過去にあちこちへ寄稿したものの中からひとつピックアップして再録した次第。

 ではグラミー賞のお話。2月13日の日曜日、LAはステープルズ・センターでの授賞式に出席してきました。私にとっては初グラミー体験、しかもWOWOWの中継番組のゲスト解説者という慣れないお仕事でしたが、いざ始まってみれば楽しいばかりで。スーパースターの金粉を体中に浴びてきた感じです。この場を借りて共演者の松任谷正隆さん、山田優ちゃん、今村知子さん、ピーター・バラカンさん、小牧ユカさん、そしてWOWOWスタッフの皆さんに感謝いたします。

 既報の通り、今年(第47回)のグラミー賞はレイ・チャールズの弔いショウの様相を呈していました。カニエ(10部門ノミネート)やアッシャー(8部門ノミネート)はタイミング悪かったねえ。彼らには肌の色を越える大きな賞は回ってきませんでした。カニエ、不服でしょうなあ。昨年11月のアメリカン・ミュージック・アウォーズにも振られましたからね。でも昨年のグラミーにおける50セントの不遇ぶりに比べればまだましかと。

 本国アメリカでは授賞式は13日の20~23時半にかけてCBSで生中継されたのですが、過去2番目に低い視聴率だったとか。とはいえ20時台と22時台の番組視聴占拠率自体は同時間帯でトップ。9時台だけが首位陥落。その最たる理由はABCの人気ドラマ『Desperate Housewives』だそう。意訳すれば、キレる主婦たち、ですか。私の周りの敏感な人たちはもう気にしてます、このドラマ。主演のテリー・ハッチャーは先日のゴールデン・グローブ賞でコメディドラマ部門主演女優賞を受賞…まあ聞き流してしまいそうな情報ですが、これが、『Sex and the City』のサラ・ジェシカ・パーカー女史をおさえての受賞、となれば。ほら、気になってきたでしょう?

 もとい、グラミー賞ぐらいの大物老舗番組ともなれば他局の番組と戦うというよりも自らの歴史と戦うのが宿命なんですね。NHKの紅白歌合戦や大河ドラマのごとし。現状維持さえ後退と呼ばれるキビシイ世界。まあ今年の主役レイ・チャールズ自身が不在のグラミー賞には、昨年の「ビヨンセ+プリンス共演!」に相当する華はなかったかもね。それでも「アッシャー+ジェイムズ・ブラウン」「アリシア・キーズ+ジェイミー・フォックス」「カニエ・ウェスト+ジョン・レジェンド+メイビス・ステイプルズ」といったグラミーならではの共演は、私のようなソウル聴き者にはたまりませんでしたが。司会がクイーン・ラティファというのも気分だし。

 ステープルズ・センターといえばNBAのレイカーズ、クリッパーズ、そしてNHLのキングズの本拠地。そりゃデカイです。入場するまでのセキュリティ・チェックがひと苦労で、ここじゃいつもこんな感じかと思いきや、警察官いわく「今日は上院議員が来てるんで」と。会場の屋上を見ればスナイパーがライフル銃を持って屹立しており。もう『ジャッカルの日』をライブで観てるような感じ。で、その下では絢爛豪華なショウが展開している。ショウビズが社会の縮図とはよく言ったものです。

 以下、当日気づいたこと、感じたことをいくつか。端的に。

 ・プレゼンターは「グラミー・ゴウズ・トゥ…」の間のとり方に命をかける。
 ・夫婦共演したJ-Loの佇まいは下り坂走者独特のもの。
 ・クイーン・ラティファの歌はあくまで声質勝負。
 ・プリンスの最前線完全復帰。
 ・主要部門の一定数はクライブ・デイビスの利権。
 ・アニタ・ベイカー「出せばグラミー」神話の終焉。
 ・受賞せずともパフォーマンスで強い印象を与えたジョス・ストーン。
 ・イブの登場に騒ぐ客なし。
 ・マリオはポスト・アッシャーというよりテビン・キャンベル的。
 ・ジョン・メイヤーは21世紀版ジェイムズ・テイラー。
 ・豪人カントリー歌手キース・アーバンは男前。
 ・ジャネットは昨年の胸ポロリを今でも後悔している。
 ・アリシアとブリトニーは同い年。
 ・日本のメディアはアッシャーにこのまま無関心を貫くのか。

 授賞式の2日後、ロバートソンBlvdのレストランThe Ivyでジャーメイン・デュプリとばったり。グラミー会場では連れ添っていたジャネットはいませんでしたが。思えば彼と初めて会ったのはクリス・クロス「ジャンプ」旋風の最中の92年、アトランタ。フォックス・シアターの楽屋でした。時にデュプリ19歳!まあ私も24歳でしたが。その後は彼のSo So Def オフィスを何度か訪ねたものです。自宅訪問してゴルフ場みたいな庭に驚いたこともありました。ダ・ブラットやエクスケイプといった新人が出るたびにオフィスに取材に行っていたような記憶があります。最後に会ったのはいつだろう…そんなことを話し、照れくさかったけれど一緒に写真に納まって別れました。

 それでは、また来週。

*松尾潔出演 WOWOW『グラミー賞2005』 4月1日(金)深1:30~ 再放送オンエア

 

毎年出てます『Grammy Nominiees』。
今年は初めてマジメに聴いてみました。

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